|聖カピタニオ女子高等学校|豊かな人間性を持つために

ガイドランナー

IMG_0638[1]コロナ禍のハローウイーンも無事終わり、11月に入りました。11月はカトリック教会では、「死者の月」として亡くなった方々のためにお祈りを捧げる月です。

 

 

IMG_0633[1]本校も各クラスの慰霊祭を終え、11月4日(木)に全校で慰霊の集いを行いました。

理事長先生から創立58年間、本校に携わってくださった教職員、在校中に亡くなられた生徒の皆さんの名前が読み上げられました。

その名前に毎年数名ずつ加えられていくのを知ると、本校の歴史を感じますね。

 

 

例年のように、春日井教会の主任司祭、北向修一神父様にみ言葉の祭儀を執り行っていただきました。

その中のお話を抜粋いたします。

 

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「・・・さて、コロナ禍の中で私たちに楽しい時間と希望を与えてくれたオリンピックとパラリンピックを覚えているでしょうか。

私は道下選手と二人の伴走者の走りが一番印象に残っています。

この競技の鍵となる伴走者(ガイドランナー)のルールが3つあります。

このルールに基づきランナーがゴールに到達するまで一心同体でサポートします。

アドバイスをしても、自分の力でゴールするように離れるでもなく近づくでもなく信頼というガイドに結ばれ、共に同じ道を走ります。

もし、私たちに最良なパートナーがいるとすれば、こんな人なのかなと感じました。

私たちに道を作ってくれた先人たちも大切な友だちや先生方、そして、神様と一緒にこの3年間を駆け抜けた方々です。

今度は同じように天国から神様と共に後輩である私たちの3年間を見守ってくださっています。

先に天国に旅立った先輩方、シスター方、先生方、恩人との絆というテザーを思い起こすために私たちは毎年慰霊祭を行っています。・・・」

 

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神父様のお話を聞きながら、私たち一人ひとりの1番のガイドランナーは、人となってこの世に来てくださったイエス・キリストだと再確認しました。

イエス・キリストは、ご自分のことを

「道、真理、命」

とおっしゃています(ヨハネ福音書14章6節)。

私たちの人生のガイドランナーとして、私たちがこの世での命を全うしていくべきところへと案内してくださる方が、いつも共に歩んでくださっていることを知ると、深い安心感と平和な心になれますね。

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地球にやさしい活動

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コロナ禍でボランティア活動が思うようにできない状況の中で、10月23日(土)秋の藤前干潟クリーン大作戦に35名の生徒たちと一緒に行ってきました。

 

当日は秋の優しい太陽に包まれ、まさしく清掃活動日和になりました。

学校を出発し、藤前干潟に到着するまでの1時間、バスの中で田口先生から藤前干潟についてのミニレクチャーをしていただきました。

その知識を得たおかげで、会場で「どこの学校?」と聞かれた時に、学校名を答えたら、「あ、庄内川の上流だね。

遠いところから来てくれたんだね。」と言われ、「はいそうです。」と堂々と答えていました。知識が自分のものになった瞬間でしたね。(笑)

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多くの家族連れや大学生、地域の人たちが参加していました。その中で、本校の生徒たちは、目についたゴミを何としても拾いたいという思いが、泥だらけになった姿や海水を含んだマットレスを運んでいる姿から伝わってきました。

 

*実際に藤前干潟で海のごみを見るまでは、海はとてもきれいなイメージを持っていました。しかし、実際にゴミ拾いをしてみると、拾っても拾っても細かいプラスチックのゴミは落ちているし、家具やマットレスを片付けるのにとても時間がかかりました。こうしてゴミを実際に拾ってみると、ゴミを捨てた人への疑問と怒りが止まりませんでした。

 

*最初干潟に着いた時は、想像していたものよりきれいに見えたのが本音です。しかし実際にゴミを拾い始めると、プラスチックの何かの部品が落ちていたり、発泡スチロールがそこいらじゅうにあったり「ああ、こういうことか」と感じました。ゴミは生き物の命を奪い、最終的には人にも影響を及ぼす可能性があることを、この活動を通して、改めてよく考えて行動をとらないといけないと思いました。

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*初めて今回この活動に参加して、プラスチックゴミの問題が現実味をおび、すでに地球を汚してしまっていることを実感しました。パンの袋、おにぎりの包装、発泡スチロール、食品トレイ、ストローなど、日常のゴミがほとんどで、家に帰ってゴミ箱を見てみるとプラスチックばかり・・・。私たちはプラスチックに囲まれて、私たちが地球を汚しているのだと身をもって実感しました。

 

*今回のボランティア活動を通して、自分たちが捨てたゴミがどこに行きつき、どのようになるのかを自分の目で確かめることができて、参加してよかったと思いました。これからは、自分のゴミばかりではなく、目についたゴミを拾って捨てようと思いました。

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*実際に活動に参加して、川の現状、干潟の現状を見ると、想像していたより多くのゴミが流れついていて、川の汚染の深刻さと私たちの意識の低さを実感しました。藤前干潟は多くの河川と繋がっていており、それも私たちの住んでいる地域の川と繋がっていることを知り、責任を持って行動をすることが必要であること思いました。ポイ捨てをしないのはもちろんのこと、ゴミの分別やそもそもゴミを出さないように工夫をしたり、だれでも意識したらできることを徹底的にしていきたいと思いました。

 

sea-ocean_00013宇宙の源であるビックバンが起きたのは、今から137億年。地球は45億年前にでき、その地球で800万種の生き物がいると推定されています。

その生き物の命をいただき、様々な恩恵をいただきながら、私たち人間は生活することができます。

そのことを忘れて生活している人間に、地球温暖化の問題が突きつけられ、世界の人たちと手を取り合って地球環境を良くしようとSDGsの活動に取り組みました。

 

今回の活動に参加した生徒たちは、SDGsの活動の趣旨が深く理解できたことでしょう。

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秋の行事

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10月に入りコロナウイルスの猛威は少しずつ落ち着き始め、生徒たちが心待ちにしていた学園祭と体育祭を実施することができました。

 

 

 

 

IMG_0331SDGsの17の項目から1つを選び、世界で起きている問題を調べ、それを私たちの日常生活に結び付け、発信していました。

しかし、愛知県に緊急事態宣言が発令されたことで、混雑をせずにクラス展示が見学できるように教室の廊下に展示を行いました。

 

 

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廊下の空間をうまく使い展示をしたのは、やはり3年生でした。1位をとった3年C組は、海面上昇が水温の上昇によって膨張することを知ってもらうために、理科室で行った実験を写真に撮り掲示していたのは、これまでになかったことです。

 

 

 

また、文化部の発表、有志の発表は、カリタスホームで、各学年ごとに見学していましたが、いつもは盛りあがり会場が一体化するところも、今年は各自声を出さず自席で手拍子や拍手を送っていました。

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体育祭もコロナ対策を万全にとっての開催でしたが、秋晴れの下、生徒たちは久しぶりに体を動かし楽しんでいました。

コロナ禍で学校生活もいろいろな規制の中で行っていた生徒たちは、この学園祭、体育祭で溜まっていたエネルギーを発散させていました。

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すべての行事が終わった後、「楽しかった!」「久しぶりに解放感を味わった!」など満面の笑みを浮かべて話す生徒を見ることができ、本来の学校生活が戻ってきた感じを受けました。

そして何よりも、生徒会の存在です。

5f5e47a1a05519fc9ab68296b396920b-e1523350351106コロナ禍の中、行事に取り組めず、辛い時期を過ごしていた生徒会も、学園祭を実施するに至るまで、綿密な計画を立てて活動しイキイキと動いていた姿が印象的でした。行事が終わった後、「学園祭ができて本当に良かった!」と生徒会としての役割を果たせたことに満足し、涙ぐんでいました。

 

このコロナ禍で、大声を出さない、距離をとる等、禁止が多い学校生活を過ごしていた生徒たちから、学校教育について考えさせられます。

それは、学校行事の意味です。

本校が行事を大切にしているのは、一人ひとりに関わりの機会を与え、そこから自分や他者を知り友人との関係を深めていくためです。

1学期はその機会も与えられず、クラスの人間関係もぎくしゃくした様子でした。

83790しかし、今回の行事のおかげでやっと本来のクラスの雰囲気が出てきた感じがあり、これまでの教育活動を考えるきっかけにもなりました。

 

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マリア様の誕生日

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マリア様のお誕生日の9月8日は、世界中でお祝いのミサが捧げられました。この日は、私たち幼き聖マリア修道会にとって、記念すべき日になります。

 

 

今から約270年前、フランシスコ修道会の一人のシスターによって、マリア様が赤ちゃんだった時の姿を想像して、幼きマリア様のご像が作られました。

そのご像の前で、多くの人たちが祈りを捧げ、マリア様の誕生を祝っていました。

 

そのご像が人々の手を通して、本修道会に来たのは1842年です。

それ以来、本修道会本部でマリア様のご像を大切にし、誕生日のたびごとに特別なお祈りを捧げていました。

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ところが1884年、手足の麻痺と激しい痛みのために身動きできないほど苦しんでいたジュリア・マカリオの硬直していた体が、この幼き聖マリア様のご像に触れたことによって、自由に動くことができたのです。数か月後、病気だったジョゼフィンも回復しました。

この奇跡は人々に広まり、多くの人々がこのご像の前で祈るようになりました。

特に、子どもたちのために祈る親の姿が目立ちました。多くの願いは、マリア様によって聞き入れられています。

 

IMG_0233もう一つの奇跡は、翌年の1月16日、ご像のお顔(顔はセルロイドで作られているので、汚れが取れず綺麗ではなかった)の汚れが取れて綺麗になり、幼子のように生き生きとした表情になっていたのです。

 

これらの奇跡から、私たちは「幼き聖マリアのシスターたち」と呼ばれるようになりました。このご像は、本部の聖堂に安置されています。

奇跡が行われた100年後の記念すべき日1984年に、当時の教皇ヨハネ・パウロⅡ世が聖堂を訪問してくださいました。

こうして、今も「幼き聖マリア様」を通して、多くの人々に神様の恵みが与えられています。

 

6ce16263d63961dcb7d32d614fb1ff63_1603882495私たちもこの日、修道院の聖堂で「幼き聖マリア様」のご像を囲んで、生徒の皆さんとその家族、教職員、愛岐ブロックの共同体の神父様、信徒の皆様の幸せのために、ごミサを捧げました。

 

マリア様に出会った聖ベルナデッタ(フランス)は、その時のマリア様の姿を画家や彫刻家に伝えましたが、聖ベルナデッタが見たマリア様に似ても似つかないものだったそうです。

確かに石膏のお顔からは、神の光に満たされている至福のマリア様の表情は感じられませんね。

聖ベルナデッタが見たマリア様のお姿はご像となって、本校の感謝坂の途中にある洞にも安置されています。

 

1596662610252_138876_photo幼き聖マリア様のご像からも神々しさをうかがい知ることは難しいかもしれませんが、マリア様は私たちにしるしを通して、ご自分の存在を伝えておられます。

 

 

私たちは私たちのお母さんとしてマリア様を敬い、尊敬をしています。

今、世界中でコロナウイルスの感染で多くの方々が苦しみ、ミャンマーやアフガニスタンでは政治が混迷し内戦に苦しんでいます。

イエスの十字架の下にお立ちになられ苦しまれたように、マリア様はそれら苦しむ人々の叫び声、災害で日常生活を奪われた人々の嘆きの声を聞きながら、私たちに寄り添い共に祈っておられます。

 

私たちも十字架の下で佇んでおられるマリア様と心を合わせて、苦しんでいる方々のために祈りましょう!

本校の2学期は、この記念すべき日に始まりました。マリア様のご加護がありますように!

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新聞記者から学ぶ

2年生のホームルームの時間、中日新聞社記者吉本章紀様から「新聞の読み方」についてお話を伺いました。

いつも講演者は女性が多いので、生徒たちは若い男性の吉本さんに戸惑っていた様子も見られました。

 

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新聞を読む時に、まず1行を読めば記事の内容がすべて理解でき、後の行はその説明文になっていることを話していただきました。

そして、小説と新聞記事は真逆であり、その理由も生徒が理解できるように話してくださいました。

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本校では、授業に新聞記事を取り入れながら授業を行っています。

最近は新聞を取らない家も見られ、なかなか新聞を見る機会もない生徒もいると思います。

今日の吉本さんのお話を聞き、次回から新聞を手に取って読みたいと思う生徒が増えたのではないかと期待しますが・・・。

 

生徒達がどのように感じたのか、感想文を抜粋し紹介いたします。

 

1-4*・・・もう一つ考えたことは、「反対側の意見にも配慮すべき」と言うことです。私の文章は自分の意見を押し通すものが多いです。しかし、新聞のようにあらゆる人に読まれる文章は、片方の意見だけに焦点を合わせてしまうと、読む人の知識が偏ってしまいます。だから、私も両方の視点から物事を捉えられるように頑張りたいと思いました。

 

*インターネットはいくつかのニュースが載っているので、目につきやすく知りたいことや分からないことがあれば、すぐに検索することができる特徴があるが、新聞では200以上のニュースが載っているので、自分が興味を持たないジャンルにも意図せず出会うことができる特徴を知って、新聞の面白さを知りました。

 

howto_hana_bara_img_01*新聞は初めの第一段落に、すべてのことが書かれているということが、分かりやすい新聞の秘訣だったのだと納得しました。味気がない文章だと思っていたのですが、新聞は必要な部分だけ残し後は切り取っていることを聞き、誰にとってもわかりやすい文章とは、こういうことなのだと実感しました。

 

*自分が言いたいことをきちんとまとめられるか、まとめられないのは、自分が何を言いたいのか自分自身が分かっていないと言う言葉を聞いて、レポートや小論文に役立つなと感じたと同時に、日常生活でも友だちや家族に話をする際に気をつけるべき点であるなと思いました。

 

345096_1406678_img*自分の言いたいこと(見出し)を明確に決めてから本文を書くと聞いて、なるほどと思った。そうしたほうが相手に伝わりやすいなと気づけたので、これからそれを意識して文章の構成を考えたい。

 

 

 

「新聞は堅苦しい」というイメージを持っていた生徒たちは、吉本さんの第一声「新聞の第一段落に結論が書かれている。そこを読めば内容がわかる。」を耳にして、吉本さんのお話に引き込まれていきました。

文章の起承転結の書き方など、生徒たちにとって苦手な文章をどのように書いていけばいいのかヒントをもらった感想が多く見られました。

特に、反対の意見を想定しながら文章の中に盛り込んでいくことから、反対の意見を知ることの大切さにも気づけたのではないでしょうか。

吉本さんのお話から、自分のコミュニケーションの取り方についても考えを広げた生徒もいて、学び多き講演会でした。

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今日で1学期も、無事終了することができました。コロナ禍の中で行事も縮小して行ったり、延期になったりしましたが、生徒たちに感染者も出ず、みんなが安心して過ごすことができました。ワクチン接種が進むにつれて、感染者も減少し、2学期は予定されていた計画を無事実施することができればと願っています。

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