|聖カピタニオ女子高等学校|豊かな人間性を持つために

「いのち」の主役は、わたし!

 平成30年度1学期は、無事終了しました。

1年生にとって初めて経験する事ばかりでめまぐるしい日々だったと思います。

その中で、修養会の経験は生徒たちにとって新鮮で自分と向き合うことを体験できた行事になり、思い出深いものになったようです。

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 生徒たちが感じた修養会の感想を読み終えた今、生徒たちが感じたことを分かち合いたいと思います。

分かち合いは、物事の本質を深くとらえることができます。

日頃忙しくして生きることを深く考えない私たちに、生徒たちの気づきが私たちを立ち止まらせ考える時間を与えてくれるでしょう。

 

j29_3614*スマホがないだけで、こんなにたくさん話せるんだ!お菓子がないだけで、おいしいご飯がたくさん食べれるんだ!と気づくことができました。

そして、空いている時間に自分が苦手だなと思っていた子とたくさんお話をすることができ、いい機会を持つことができました。

自分の一方的な判断で、この人は多分合わないと思うという思考をやめていきたいと思いました。

金子神父さんや福井先生から「人間」についてのお話が聞けて良かったです。

「人間とは何か?」「私は誰?」という疑問についても深い考えを生み出し、とにかく私たち“人間”についてよく考えた3日間でした。

 

j35_3620*修養会を終えて、私の弱いところは、誰かと比較してしまうことだと分かりました。

比較するということは、人間の「クセ」だと金子さんが言っていました。

私は授業でも自分の書いた意見が間違っているのではないかと、いつも誰かの意見を見て似ているようなことを書いているか確認してしまいます。

でもこの修養会での話を聞いて、考えが変わりました。友だちと意見が違ってもいいことに気づくことができました。

自分は自分の意見をしっかり持ち、相手に伝える、それができるようになりたいと思うことができました。

 

j33_3618*私は自分を見つめ直すとか、本当の自分を知るということが苦手でした。

昔からうわべだけの関係の友達が多く、私を受け入れてくれる人が居なくて、その原因は自分自身にあることぐらいは分かっていたから、自分の悪いところなんて知りたくないと思っていました。

しかし、この修養会でわかったことがあります。まず、自分を認めてあげること。

私がまず私を分かって愛してあげないと周りから愛をもらえないことを知りました。

性格的に良いところは認めるけれど、悪いところも含めて自分だと認めてあげることで、なんだか少し心が軽くなって次に進める気がしました。

 

j17_3174*「人が独りでいるのは良くない。」という言葉は確かにと思った反面、その後にあった金子神父様の話の中で、「孤独と向き合うことで、それが人間の価値をつくる。」というのがあったので、孤独になることも自分にとって必要なことだと思った。

自分はたくさんの関わりの中で生きている。

家族、友達、先生など、たくさんの人の支えで生きることができているのだと改めて実感した。

生きることは無条件に愛されることであり、「ありがとう」と言うだけの小さなことでも「愛する」ことなんだと分かった。

人間には誰かの愛が必要であり、それをお互いに求めている事も分かった。

「あなたは私の愛する子」とあるように、自分は独りではないし、たくさんの人に支えてもらって生きていることを忘れないで、これから過ごしていきたい。

そして、自分の弱さは責めるのではなく、認めることによって、日々の生活はもっと楽しくなると思った。

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 毎日の生活から離れ、非日常生活に身を置くことは人間にとって大切な時間であることを、生徒たちの感想から気づかされますね。

今年の高校生活入門セミナーの保護者コーナーで少しお話させていただきましたが、キーワードは「主体的」ですね。主体的に行事に参加したからこそ本人が気づきを得、次のステップの方向性や手段について考えることができます。

人生の主役は、誰でもない「わたし」です。

社会に振り回されて生きるのではなく「主体的」に生きることを学ぶ機会が、本校にはたくさん準備されていますね(笑)。

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共に生きる喜び!

 今年も滋賀県にある「止揚学園」を、22名の生徒たちと一緒に訪問することができました。

IMG_3840毎年感じることは、いつもと変わらぬ温かい心で迎えてくださることです。

大歓迎をして迎えてくださる止揚学園の方々に、緊張した面持ちの1年生たちはどのように接すればいいのか戸惑った様子でした。

彼女たちの思いは、脳に重い障害を持っている人たちの施設というイメージでいたので、このように温かく迎えてもらう事は想像もつかなかったと思います。

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 園長の福井生先生から

「願いは祈りになる。人間は独りだけで生きていくと孤立していく。仲間の人たちは一人では何もできないけれど、私たちに笑顔を与えてくれる。だから、仲間の人たちと共に歩んでいくことができ、みんなの命を守っていこうという1つの祈りになっている。」

というお話を伺った後、おいしい昼食の時間。

IMG_3693昨年参加した2年生の生徒たちは、止揚学園の食事のおいしさを知っているので、この食事時間を楽しみにしていました。

昼食のメニューは、冷やしそうめんでした。バナナの葉の上に並べられたそうめんを、おいしいつけ汁で頂き満足した後、先生たちの歓迎イベントが始まりました。

IMG_3727それはホールの中で、流しソーメン大会が始まったのです。生徒たちも加わり、大はしゃぎ。本当に楽しい食事でした。

ちなみに、夕食は「鶏ごぼう飯」、翌日の昼食は「酢豚」でした。本当においしいお食事で、皆の顔から満足の笑みがこぼれていました。もちろん私も生徒たちと同じです(笑)。

 

 IMG_3721食後は、2年生による「エビ、カニダンス」が披露され、生徒たちは少しずつ止揚学園の仲間たちの中に溶け込み始めました。

止揚学園の先生の指導の下、生徒たちはプールで仲間の人たちと楽しそうに遊んでいました。

 

 止揚学園の大きな目的は、夜の分かち合いです。生徒たちが体験して気づいたことを、皆で分かち合います。

IMG_3681止揚学園には、全国からたくさんの学校の生徒たちが訪れます。

それぞれの学校の特徴があるそうですが、聖カピタニオ女子高校と言えば「分かち合い」と、止揚学園の先生から言われ、私自身その言葉に驚かされました。

なぜなら、分かち合いは、生徒たちにとって必要と思いしていたことが、他の学校とは違うことに驚いたからです。これが本校の教育の特徴であることを、再確認できました。

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 1年生の生徒たちがこのイベントに参加した理由は、ほとんどが修養会でお話してくださった福井先生のお話を聞き、どのような施設なのか、自分の目で確かめたかったからと言いました。その感想をまとめて紹介します。

 

IMG_3981*脳に重い障害を持っている人たちのことを、「仲間の人たち」と言っていたことに驚いた。その言葉によって、止揚学園では、先生たちと障害を持っている人たちは「平等」なんだと思った。

中学校の時に行った他の施設は、利用者と指導者という立場がはっきりしていた。しかし、ここは相手の立場に立って話したりしている。

 

IMG_4008*脳に重い障害を持った人たちのいる施設だから、話が通じないと思っていた。

しかし、止揚学園の人たちは話せなくても、自分の思いを体で表現してくれたし、自分の方からいつも声をかけてくれた。

 

IMG_3744*私は他の施設に行った時、叫んでいる人を見て嫌な気持ちになり、そこで一緒に食事をしたり、そこの人たちがふれたものに触るのも嫌だった。

でも、ここに来て皆さんの温かい思いに触れ、以前のような気持ちがなくなっていた。

 

IMG_3951*私の親戚に障害を持っている子がいて、どのように関わればいいのかわからず、その子と関わることを避けていた。

しかし、ここに来て皆さんと接して、親戚の子との関わり方を学んだような気がしたから、今度から避けずに関わりを持つようにしようと思った。

 

IMG_3863*障害を持っている人に持っていた偏見が崩れた。

みんな自分を持って、それぞれ表現しているのを見て、私は自分を偽って生きてきたことに気づかされた。

自分を偽っていると疲れる。ここに来ると、素直な自分になれて嬉しい。

 

 毎年訪れる止揚学園で、毎回新しいことを発見させてもらっています。

今回は、食後にみんなで交流する場があり、一人の人にマイクを向けてお話をする場面がありました。

その人はマイクを自分で持ち、自分の気持ちを言葉にならない言葉で表現した後マイクを離そうとせず、職員の方が何回かマイクを受け取ろうとしていましたが、言葉を強めるわけでもなく、その人が満足するまでマイクを持たせていました。

私はその様子を見て、その人を尊重するという意味を教えられました。

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 1泊2日の短い期間でしたが、生徒たちも私も共に生きることの幸せを体験できた時間でした。

止揚学園の仲間の人たちが素直に自分を表現でき自分らしく生きているのは、職員、利用者に関係なく、共に人間としてお互いを支え合って生きているところから生れてくるものだと学び気づかされた訪問になりました。

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深い喜び!

 学校を出発する時は雨に降られましたが、後の2日間はお天気にも恵まれ、規律のある1年生の修養会を無事終わることができました。

修養会を経験した先輩から修養会の印象を聞き、「行きたくない!」と思っていたり、スマホなし、お菓子なしで、これまで経験をしたことのない行事でイメージがつかず、「拘束されている、不自由」感で始まった修養会でした(笑)。

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 ところが修養会中、一人ひとりの笑顔が輝きはじめ、私自身にもみんなの喜びが伝わってきました。

IMG_0296実行委員会の時の生徒たちの感想を聞くと、

「スマホがないからすぐ寝れる。皆と話すのが楽しい。」

と非日常生活を楽しんで過ごしている感想を述べていました。

IMG_0518ある保護者が修養会後、

「これまで課外活動を終えて家に帰ってくると、つまらなかったと言っていましたが、修養会から帰ってきた時は、楽しかったと言っていました。」

と伝えてくださいました。

 

IMG_0231 修養会は、2回の講話を聴く機会と、グループワークをして自分と向き合う、中身の濃い3日間でした。

しかし、生徒たちの一つひとつのことに取り組む姿は、みんな前向きで本当に楽しんで取り組んでいました。

初日の夜のグループワークの後の振りかえりの分かち合いで、グループメンバーの良い点、助けられた点を相手に伝えている場面を見ていると、どの生徒の顔も「みんなの役に立ったんだ。」という満足感でいっぱいの笑みを浮かべていました。

IMG_0347だから、「私はここにいてもいいんだ。」と思える気持ちが持てたのかもしれませんね。

それが、修養会をより良いものへと作り上げるきっかけになっていたように思いました。

 

IMG_0197 止揚学園の福井先生は、脳に重い障害を持っている人たちとの関わり方から、相手に寄り添う事、相手のペースに合わせることの大切さを話してくださいました。

お話を聞きながら、私たちはついついスピード、便利さを追い求めるあまり、相手の心と出会っていないことに気づかされました。

 

IMG_0371 2日目の金子神父様のお話で、聖書の人間創造物語から「人が独りでいるのは良くない」の意味を話してくださいました。

私たちは「親密な交わり」を求める存在として創造されているから、小さい時は母親との交わり、小学校からは友人たちとの交わり、成長するにつれて社会との交わりと、その交わりの過程を指で、手で、腕で円を作りました。

そして、神父様は「その円の中心に何を入れるのか?」と質問されました。

その円の内側から神様は、「あなたは私の愛する子」と呼びかけている声があり、この声が私たちの生きる土台であると教えてくださいました。

夕食後のミサの終わりの祝福の時に、神父様は一人ひとりの生徒の頭に手を置いて、「あなたは私の愛する子」と言ってくださいました。

本当の人間として成長するために、この声を聴きながら生きていくことの大切さをお話してくださいました。

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 この3日間、生徒たちと様子を見ていると、これまで体験をしたことのない修養会で、心の深いところからしみじみと湧き上がってくる喜びを体験しているように感じました。

この喜びこそが私たちを本当の自由へと導くことができます。

修養会を終えた生徒たちの顔から優しさが溢れでていました。

生徒たち一人ひとりが本当の人間として成長していくようにと、神様にお祈りするだけですね。

本当に、いい修養会を体験させていただきました。感謝です。

 

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創立55周年記念式典

5月11日(金)、本校の創立55周年を5月の透き通った空が、祝福してくれました。

名古屋教区長松浦悟郎司教様の司式のもと荘厳に、55年間神様と人々からいただいた恵みに感謝を捧げました。

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ごミサの前に、聖バルトロメア・カピタニオの生き方を、本校理事長SR.フランチェスカが次のようにお話をしてくださいました。

DSC_1279「・・・聖女の生き方は、目の前に困っている人たちに愛の手を差し伸べ、神様の愛を伝えました。

しかし、家の外の人たちを助ける前に聖女が行ったのは、身近な家族への愛の実践でした。私たちも聖女に倣い、身近な家族から愛の実践を始めましょう。・・・」

と、愛の実践を生きるようにと励ましの言葉を私たちに贈ってくださいました。

 

 

続いて、全校生徒の合唱「天の集いは」の澄んだ歌声から、感謝ミサが始まりました。

「一粒の麦」の聖書箇所の朗読の後、松浦司教様は記念日を祝う意味を話してくださいました。

DSC_0617「記念日の受け止め方には、2通りあります。1つ目は、アルバムを開いて思い出すこと。2つ目は、聖書に書かれている記念の意味。

聖書は、記念することが今と深い関わりがあると教えています。

今から56年前イタリアから2人のシスターが、聖バルトロメア・カピタニオの遺志を受け継ぎ、日本の子どもたちの教育の要請を受けてやってきました。

そして、聖バルトロメア・カピタニオは、今から約2000年前のイエス・キリストの遺志を受け継ぎ、目の前に困っている人々に愛の手を差し伸べながら、神の意志を自分なりに表してきました。

その全ての意志は、今日の皆さんに繋がっています。

 

DSC_1319私は25年前内戦が終わったカンボジアへ行ったときに、難民キャンプを訪れました。

そこにはたくさんのカトリック信者がいて、母親を中心にして祈っていました。

『家族がやっと口にできる食料しかないのに、昼は政府軍が来て食料を持っていき、夜はポル・ポト軍が村にやって来て食料を奪っていきます。』

と現状の苦しみを訴える母親に何が1番必要なものかと尋ねると、

『学校が欲しい。』という返事が返ってきました。

子どもは成長していく時に、人間らしく、共に生き、世界を広げていきます。

その時に、自分で選択しながら人間らしく生きてほしいから“学校が欲しい”という返事が返ってきました。

 

朝起きて何も考えず、流れの中で勉強をしていくと、損得の価値観しか身につけなくなります。

人間が人間らしく生きる柱、中心になるものを持って生きていってください。

この学校は、その生き方を教えていると思います。損をしても生きていく大事な生き方を、自分の柱、指針として身につけてください。」

 

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記念ミサ後、3月にイタリア研修をした生徒たちから研修の報告がありました。

「神を信じる生き方」というテーマで、聖バルトロメア・カピタニオと聖ヴィンチェンツア・ジェローザの生き方に加え、アッシジの聖フランチェスコと聖クララの生き方がパワーポイントを使って紹介されました。

神を信じて生きた人たちは、他者の幸せのために自分の生涯を捧げる生き方。

その生き方が「一粒の麦」のように、たくさんの人々に人間らしく生きる生き方を教えていると伝えてくれました。

 

イエス・キリストの遺志が聖バルトロメア・カピタニオに受け継がれ、その遺志が今生きている私たちにも影響を与えているこの繋がりから、私たち一人ひとりは神様から大切にされている存在であることを強く実感させられた創立記念日でした。

 

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目に見えない宝物

 3月20日~29日、20名の生徒たちとイタリアの研修旅行に行ってきました。

 

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 ローマに到着し、迎えのバスに乗り込みホッとしていたら、雨がポツポツ。

宿泊先の修道院のホテルに近づき始めた頃には、土砂降りの雨に混じりあられも降ってきました。

石畳のローマの道を重いスーツケースを引っ張りながら歩くこと10分。やっと修道院のホテルに到着。

出迎えたシスターたちは、ずぶ濡れの私たちのことを心配し、生徒たちの重いスーツケースを各部屋に運んでくださいました。

このシスターたちの親切に、生徒たちはとても癒されたようでした。

イタリア滞在中の雨をこの時一気に頂いたようで、翌日から帰国するまで傘に一度も触れることがありませんでした。

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イタリア滞在中の記録は、毎日Facebookに投稿されていましたので、私は生徒たちの様子から気づかされたことを紹介します。

 

「神様と出会った人たち」の生き方から、私たち一人ひとりにとって必要なものが与えられる旅行になればと祈りながら、10日間を過ごしました。

 

IMG_20180323_115936 アッシジで聖フランチェスコ大聖堂を訪れ、彼がキリストと出会い、この世のものから離脱していく様子がジョットの描いた壁画から伝わってきました(写真撮影は禁止なのでお見せできなくて残念)。

また、中庭にある聖人のご像にはいつも生きている白いハトがいて、当時の聖フランチェスコの姿を私たちに伝えているようでした。私たちはご遺体の前で、静かに祈りました。

 

 聖クララ大聖堂の地下を降りていくと、聖クララのご遺体が安置されていました。とてもきれいなお姿でした。

IMG_20180323_140651また、同じフロアーの反対側に聖女が使用していた衣服や道具が展示され、当時の聖女の清貧の生活がよく伝わってきました。

その中でも印象的だったのは、聖女が聖フランチェスコと同じ生き方をするために彼から長い金髪の髪を切ってもらったその髪を見た時でした。

とてもきれいで柔らかな髪を見ると、聖女が神への愛を生涯捧げたいという決心が伝わってきました。

 

IMG_20180325_145223 ローベレの街並みは、聖バルトロメア・カピタニオと聖ヴィンチェンツァ・ジェローザが生きた面影を今も漂わせてくれていました。

このような片田舎で生活したお二人が、まさか日本から自分たちを慕って訪れてくるとは想像もできなかったでしょう。

 

IMG_20180326_122210 また、聖バルトロメア・カピタニオが勉強するために通っていた聖クララ修道院を訪れた際、思いがけない出会いをすることができました。

それは、修練女の4人の若者たちが聖クララと同じ生き方をするために修道会に入ったお話を聞くことができたからです。

彼女たちは医師や数学・物理の教師、専門性を持って社会に貢献しているにもかかわらず、心から呼びかける声に従いながら修道生活を始めた経緯を聞く機会が与えられました。

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 ローベレから車で10分の所に、聖バルトロメア・カピタニオのおばあちゃんの家があります。

今回運転手さんの間違いで、私たちは道の途中でバスから降ろされ10分以上路頭に迷っていた時にご親切な方に出会い、無事目的地の家に到着することができました。

IMG_20180326_165202おばあちゃんの家は中が改装され、現在は修道院と祈りの場になっています。

そこのシスターアニェージェから、聖バルトロメア・カピタニオがどうして人々を愛することができたのか、その秘訣を3つ教えてもらいました。

1つ目は、神様が創ってくださった大自然の素晴らしさに気づき、その偉大な庭に住まわせてもらっていることに気づくこと。

2つ目は、自分の心の深いところから聞こえてくる声に耳を傾けること。

3つ目は、自分を信じ、確信を持つこと。この3つを持つことによって、人々を愛することができたことを話してくださり、シスターは私たち一人ひとりの頭に手を置いて、そのような生き方ができるように祈ってくださいました。

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ミラノにある本部修道院で、イタリア研修で得たものを分かち合いました。

ほとんどの生徒たちは、自分を知ることの大切さや自分を大切にすること、カピタニオの偉大さと本校の生徒である誇り、信仰や祈りの意味などが心に響いたようでした。

そして、この時期、この年齢だったからこそ、イタリア研修に参加できたことに心から感謝していました。

見えない宝物が、心の中にしっかりと納まったように感じました。

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