|聖カピタニオ女子高等学校|豊かな人間性を持つために

魂のふれあい

 7月15日~16日、滋賀県東近江市佐野町にある止揚学園に行ってきました。

今年の参加者は、1年生だけのグループになりましたが、まとまりもよく積極的に活動をしていました。

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 生徒たちは止揚学園のお話を修養会で聞いているので、ある程度のことは想像して来ていると思いますが、知能に重い障がいを持っている人たちの施設へ行くのは初めてなので大変緊張した様子でした。

IMG_0981能登川駅から15分ほど歩いて、施設に向かいました。

最後の曲がり角を曲がると20m先にカラフルな建物が見え、その玄関先で止揚学園の人たちが思い思いに手を振って

「いらっしゃい!」 「待っていました!」 「ようこそ!」

と声を上げ私たちを大歓迎してくださいました。

ありのままの私たちを丸ごと受け止め大歓迎してくださっている様子に、生徒たちの心も開かれ、

「こんにちは!」

と声を上げ手を振り始めました。

 

 オリエンテーションで、職員の田村先生が私たちにお話をしてくださいました。

田村先生は、

IMG_0994 「私は誰?何のために生きているの?人間とは何か?と言う疑問を持ちながら生きてきて、この止揚学園に来て私は、一人の人間として受け入れられました。

いのちそのままを生きている脳に重い障がいを持っている人たちと一緒に生きて、出会って、自分の殻を破ることができました。

この施設は、命を守るために職員が心を一つにしているからチームワークが生まれます。」

 とご自分がこの施設で働くことになった経緯やご自分の心の内を話してくださいました。

 

 

IMG_0951IMG_0965 2日間止揚学園の方々と共に、食事の準備やお風呂、野菜取り、花火、プール遊びをしていくうちに、生徒たちの表情がどんどん変わっていきました。

それと同時に、積極性も出てきました。

止揚学園の方々のために準備していった「妖怪体操」を最初に踊った時は、恥ずかしがりながら踊っていましたが、最後には元気よく顔の表情も活き活きとして踊っていました。

また、止揚学園の方々を喜ばせるために何をしたらいいのか、チームで自分たちができることで相手を喜ばせることは何かと話し合っていました。

 

 

生徒たちが夜の分かち合いで話したことは、

IMG_0980・言葉を話すことのできない方々が自分の意思を、自分ができることで伝えようとしてる姿に感動した。

 

・自分はいつも相手が来るのを待っていた。自分たちが使える能力を一生懸命に使っている生き方を見て、自分はそんなに真剣に毎日を過ごしていないことに気づかされた。

 

・障がいを持っている人たちに偏見を持っていた。一緒に過ごして、自分たちと同じ人間であることを知った。

 

IMG_1171・私はいつも人から何かをしてもらう事を待っていた。ここの人たちは、いつも人のことを考えて声をかけてくれるので優しいと思った。

自分もこれから積極的に人と関わりを持とうと思った。

 

・ここの人たちと生活し、自分の殻を破れた気がした。人を怖いと思っていたけれど、その気持ちが薄れてきた。

 

IMG_1061・今まで自分のことしか考えていなかったし、人の目をいつも気にしていた。自分の素が出せなかった。

ここの人たちは、自分が思うことを素直に出しているのを見て、自分もこれから人の目を気にしなくてもいい生き方ができるような気がした。

 

 

 

 止揚学園に来て、まだ半日しか経っていないのに、生徒たちの魂が癒されている感じがしました。

その様子を見ながら、私は魂の本来の働きに気づかされました。

神から一人ひとりに与えられている魂は、他者のことを思いやる=愛の働きがあります。

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 脳に重い障がいを持っている止揚学園の人たちは、私たちのように話したり、考えたり、自分の行動を自発的にする力が弱い分、魂の働きに忠実に動いているように思いました。

私たちは自分の行動を支配できるので、魂の本来の働きより自分の考えの方に囚われてしまいます。

そのため、かえって不自由な生き方をしているのではないかと思いました。

 

DSC_1083 修養会で福井生先生がおっしゃっていた、

「私たちは障がいを持っている人たちから、生き方を教えられます。」

という言葉に感動した生徒がいましたが、こちらに来て、その言葉が真実であることを確信しました。

本来の魂に触れたから、私たちの魂が癒されるのですね!

 

 

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身近にある依存

KIS_5509 7月7日(金)薬物乱用防止教室が、開かれました。

講師は、岐阜ダルクから来ていただいた3人の女性です。

3人の女性たちは、現在で社会復帰できるように努力しておられます。

今回、本校の生徒たちにご自分の体験を赤裸々にお話してくださいました。

 

 

DSC_1068 アルコール依存所になったマユさん(51歳)は、大学生時代ディスコ、お酒の毎日。結婚するが離婚、そして再婚。

娘と夫の仲が悪くなり娘は自傷行為をする。会社は倒産。お酒漬けの毎日。

精神病院に入院し、現在リハビリをしながら社会復帰をしている過去のお話をしてくださいました。

 

 DSC_1069薬物依存症になったアヤカさん(25歳)、小さいころから、自分はいなくなればいいと思っていた。

人が怖く小学校、友人はいなかった。中学校へ行けば変われると思ったけれど、友人はできなかった。

両親は仲が悪かったので家に帰りたくなかった。

行く場所がないから学校のグランドにいたら、ヤンキーがやってきて毎日お酒を飲んで遊んでいた。

一応高校に入学したが、3か月で辞めてしまった。

家に帰りたくないから出会い系の男性と遊び、覚せい剤に手を出し始めた。

とにかく現実から逃げたかったと言葉を詰まらせながら話してくださいました。

 

DSC_1065 もう一人の方は、18歳の時に薬を使い始めた。摂食障害になった。

寂しかったが、その自分を隠し一人でも大丈夫なフリをしていた。

友人から嫌われたくないから、差し障りのないことばかり言っていた。

人と比較し、自分はダメ人間と思っていた。

両親は愛情を注いでくれたが、自分の欲しいものとは食い違っていた。

この気持ちを紛らわすために、アルコールに手をだし、男性と付き合い、その男性に薬物を勧められ嫌われたくないから薬物に手を出す。

薬物を飲むと現実逃避ができ、自分に対するコンプレックスも消えた。

薬物を手に入れるために、体を売ること、人をだますことは平気だったと、自分のこれまでの生き方を淡々と話してくださいました。

 

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生徒たちの感想を抜粋し紹介します。

 

*私は自分を下に見る癖がある。「自分なんていなくなればいい。」話をしてくれた人と似た考え方をよくしていた。

私は薬やアルコールではなく、本に逃げた。

人の多い所や賑やかな所、自分が不安になる時は、本を触っていないと自分を保つことができなくなった。

IMG_0570本が好き。初めは一人でもいいと自分を納得させるため、寂しくないとごまかす手段だった。

私と私たちに話してくれた方々の違いは、薬やアルコールに逃げたか、本に逃げたかの違いだけだと思った。だから、聞いていて泣きそうになった。

でも今私は、本がなくても居られるようになった。だから、話をしてくださった方々も、やめれるように頑張ってほしい。

 

*まず、覚せい剤という言葉はニュースで聞いたことはあって、悪いことだなとは思っていたし、今までも講習などで「ダメ」って聞かされていた。

しかし、どうせヤンキーとか暴力団の人、芸能界の人とか裏の悪い人たちと繋がっていそうな人だけが買わされるものだと思っていたけれど、一般の普通の人も買ってしまうものだと知りました。

独りぼっちで「相談する」ってことを知らなくて、ネットで知り合った人と関わって出会うことがあるなら、私たちの身近でもあり得そうで怖くなりました。

 

IMG_7397*話を聞いて、とても苦しんできたんだなと思ったし、その時を思い出し話をするのでさえもとても辛そうに話していて、やってしまったら後悔しかないんだな、絶対やっちゃダメなんだと思いました。

話の中で「相談することを知らなかった」とか、「話してもどうせわかってくれない」というようなことを言っていたので、相談をしてみていたらもっと変わっていたかもしれないと思いました。

なので、自分が困ったり悩んだりした時は、人に話してみると自分一人ではどうにもならない事でもどうにかなるかもしれないので、相談をするというのはとても大切なことなんだと思いました。

 

*今日の講演で、実際に依存症を体験した人の生の声を聞くことができました。

とても貴重な体験になったし、依存症の恐ろしさを聞くことができました。

「悩んだら誰かに相談する」ことが、一番だと思います。それは簡単なことではないと思います。

yjimage誰しも知られたくない、言いたくない悩みがあります。

それを隠し通すのは、一生辛い思いをしなければならないけれど、信頼できる人や専門家の人に相談して恥ずかしいと思うのはその時だけだと思います。

その勇気を乗り越えれば人としてまた大きくなれるだろうし、人間関係も築けるし、心の傷も少しは癒されるのではないかと思いました。

 

*今日の話を聞いて共通しているところは、自分に自信がない、自分が嫌い、相談できる人がいないという精神状態の時に、薬物乱用に逃げるんだなと思った。

私も自信がない時はあるし、不安な時も、自分が嫌いになる時もあるけれど、相談できる人がいるというのが1番の救いなんだなと思った。

 

yjimage2*貴重なお話を聞くことができ、とても勉強になりました。

薬物は人の弱い心に付け込んでくるとても危ないものだということが、改めて分かりました。

お酒をたくさん飲んでやめられなくなってしまったり、薬を何十粒も飲んだりと健康を害することが分かっていても止められないということはとても怖いことだと思います。

それを止めることも何をするにも自分の強い意志を持って、自分の弱い心に負けず自分の心と向き合って戦っていくことが大切だと思いました。

薬は軽い気持ちで始められるのに、止めるには強い意志がなくては止めることができないことは、本当に怖いものだと改めて思います。

 

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 今回の講演会は、薬物とアルコール依存症になった方々のお話でした。

生徒たちの感想にも多く書かれていましたが、薬物依存になる人は自分とは関係ない存在と思っていたようですが、今回のお話を聞いて自分ももしかして・・・・と身近なことに置き換えられ、他人事ではないことに気づいたようです。

私は個人的に生徒たちに、「依存」ということについて考えてほしかったです。

一人の生徒の感想にあったように、「本」に依存している自分に気づいたように、スマホに依存している自分、○○に依存している自分というように、何かに逃げている自分の現実と向き合って欲しいと願わずにはおられませんでした。

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自分と向き合った結果

 修養会を終えて、新学期のよそよそしい関係から、お互いを知り合うことができ仲が深まった様子が感じられます。

これまで経験したことのない修養会で、各自自分と向き合わざるをえない環境に置かれ辛い部分もあったと思いますが、そのお陰で成長した自分を知った喜びが、感想文から伺えます。

その部分を抜粋して紹介いたします。

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*この修養会を通して、学年全体がぐんと成長できたと思います。自分自身、2日前にこの石川県に来た時とは表情や考えが変わったように感じます。

引っ込み思案で臆病な私が、一歩前に踏み出すきっかけとなりました。・・・今日帰ったら、喧嘩したままの母にちゃんと謝りたいです。

 

 

*この3日間でたくさんの人と話せて仲が深められて嬉しかったし、楽しかったです。

スマホがないおかげで、皆で座って雑談ができたり、友達の新たな一面を見ることができて本当に良かったです。

j15_3169私は言葉遣いが汚かったり、考え方が最悪だったけれど、福井先生や松本神父様のお話を聴いて、言葉遣いは気をつけて直したり、考え方はもっとポジティブに考えるように気をつけようと思いました。

・・・グループワークでも、中学ではできなかった自分の意見を人に伝えるということが、その時にできて、「こんな自分でも、できるんだ~」と思った瞬間でした。

 

 

*私が修養会を通して成長したところは、まだ少しですが、「自分」について考えられるようになったところです。

j17_3174私は慣れている人となら素で話せるのですが、人見知りをしてしまいあまり関わりのない人とは、本当にあまり話すことができないのですが、前までそんな自分が嫌でした。

ですが、松本神父様の話を聴き、それも自分なんだということに気づくことができました。

でも、そんな自分の殻を自分で破っていかないと本当に変わらないので、それが自分と認めたうえで、どんどん自分の中にある殻を破っていこうと思いました。

 

 

*私はこの修養会で“私”についてよく知り、よく考え、これからの人生で“私”とどうやってつき合っていけばいいかが、少し分かったような気がします。

お話を聞くうちに“私はこんな時に、こういうことをしてしまう。

だから、こんな風にすればいいのかな?”ということを考えました。その考えたことを忘れずに、これからの生活に活かしたいです。

 

 

*この修養会の中で私は何回も「自分壊し」をすることができました。

まず、止揚学園の福井先生の話では命の温かさについて教えて頂きました。

j18_3176命は一人ひとりに神様からいただいたもので、今まで私は自分自身のことが嫌いで宇宙一嫌いで、自分に存在価値はない、自分なんてゴミ以下だ、死にたいと思っていたけれど、神様の最高のプレゼントを大切にしようと心から思えるようになりました。

・・・    様のお話はどの言葉も心に響きました。

「誰でもない自分をしっかり生きていこう」と心から思えるように、自分壊し→自分作りを繰り返していこうと思います。

命からの宿題「私は誰?」にしっかり答えることができるように3年間、高校生と言う自覚をもって自分探しをしていきたいです。

 

 

*この修養会で自分の中で成長したと思える点は、少しゆとりを持てるようになったこと。

j35_3620それは、いつも私は友達と喧嘩したらLINEで話すことが多く、

“ごめん”の一言だけだったけれど、携帯がなく友達と少しもめた時、自然と“〇〇でごめんね”

って言えて、相手の顔が見えるから、こっちも安心してしゃべれて、修養会前はすぐ何か言われると怒り口調になっちゃってたけれど、今はなんだか少し大人になったように普通にしゃべれるようになった。

 

 

*今、生きている人たちは、誰かのお世話になって今があること。

私は改めて命のお話を聞いて、自分が産まれた時に見守ってくれた医者や看護師、家族に感謝したいと思った。

特に、お母さんは自分がお腹にいた時からずっと今まで育ててくれたので「ありがとう」を言いたいし、「これからもよろしくね」と言いたい。この3日間で「今の私」を見つけられた気がした。

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修養会後の最初の授業で、「自分の殻を破ったことを書きなさい。」と言う授業をしました。

各自修養会の自分を見つめながら、せっせとノートに書き出していました。

「その書き出した自分に、今の自分から声をかけてあげてね。」と言ったら、各自修養会の自分を労わる言葉をかけていました。

この作業によって、自分を大切にしてあげる方法も知ったのではないかと思いました。

 

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自分と向き合える勇気!

  6月7日~9日、1年生の修養会が行われました。

今年は、石川県まで足を延ばしました。

1年生にとっては初めての校外での活動。期待と不安以上に、「修養会」という行事に「?」マークが大きかったと思いました。

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 止揚学園の園長福井生(いくる)先生は、幼い時から脳に重い障害を持った人たち(止揚学園の人たち)と生活をした体験から気づいたことをお話してくださいました。

競争することが大事なことではなく、みんなで一緒にすることの大切さs_0128

障害の有無に関係なく、相手に希望を与える言葉を言うこと

心と心は繋がり、2つの心からみんなの心が繋がる

同じいのちが与えられ、それが繋がっていることを具体的な場面を通して私たちに伝えてくださいました。

止揚学園で作られた歌を、西竹先生が歌ってくださり、優しい歌詞の意味に心が癒されたように感じました。

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 もう一人の講師、松本神父様から「自分壊し」のお話を伺いました。

s_0488人生で自分壊しは3回あり、1回目は母親の体から離れこの世界に誕生した時、2回目は、3歳頃保育園に行き始める時の母子分離、3回目は思春期の「今」。

今が自分壊しの時であることを具体的にお話してくださいました。

自分を壊さないと新しい自分が作れません。

神父様のお話から、これからの自分壊しの仕方を学び、自分を新しく作り変えていく希望を持つことができたのではないかと思いました。

そして、人生で与えられている課題、「私は誰?」の答えを見つけていくためにも、「選ぶことは、捨てること」を心にとめていくことで幸せになれることを学ばせてもらった貴重な時間でした。

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 この3日間の修養会で皆と関わりをもって生活ができたからこそ、自分のこと友人のことを理解できる機会が多く与えられたと思います。

人間は自分を正当化させるために、他者を非難する傾向があります。

そんな人間の弱さについても考えることができ、今後「どのような自分になっていきたいのか」、自分と向き合えた貴重な3日間になりました。

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 全てのことに、意味がありますね!

この経験を生かして、しっかりと思春期を乗り越えていって欲しいと祈るばかりです。

 

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どの視点に立っていますか?

   ある生徒が、登校中に起きたことを話してくれました。

「満員バスに乗っていた時、一人の女子生徒が発作を起こして倒れたのでバスが止まり、救急車に連絡してくださいと言われたが、誰もしなかったので私がしたんだわね。

救急車が来るまでバスは止まっていたから乗客の人たちはほとんど降りてしまったんだけれど、その女子生徒を抱えている人と私と数人の人たちだけが残ったんだわね。

乗客の人の中に、不満を吐き捨ててバスから降りていった人がいて嫌だった。」

と話してくれました。

 

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 同じ状況を、乗客の立場で見ると、

「今日は運が悪かった。時間に遅れちゃった。」

と言うようなことが言われ、

倒れた女子生徒の立場で見ると、

「可哀相に。だけど、助けてくれる人がいて良かったね。」

と言うようなことが言われるのではないかと想像しました。

 

 そんなことを考えると、今、テロや殺人など暗いニュースばかりを見聞きするたびに、

「暗い社会になってきて、希望もなく将来心配だ。」

と暗い気持ちになりますが、

自分のことより相手のことを考えて生きている人の生き方を聞くと、

「人を助ける人がいて良かったね。希望があるね。」

と思えます。

 

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 暗い社会を作るのは、一人ひとりの人間の自己中心的な生き方です。

だったら、一人ひとりが

「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしない。」

(マタイ福音書7章12節)

という今月のみ言葉を実践していくと、希望のある社会になりますね。

私は日常生活の中で、どの視点を見て生きているのか、考えさせられた生徒の話でした。

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