|聖カピタニオ女子高等学校|豊かな人間性を持つために

Be My Light

待降節の中で行われる奉仕活動は、コロナ禍で1日の活動になりました。

 

unnamed (3)活動内容も変更し、1年生は日本国際飢餓対策機構(ハンガーゼロ)のボランティア活動「クリスマスカード作り」に参加しました。この活動を始める前に、日本国際飢餓対策機構の方からZOOMを利用してリモート講義を受け、クリスマスカードを受け取るアジア・アフリカの子供たちのお話を伺いました。そのおかげで、生徒たちはカードを受け取る子供たちの心に愛の光が届くようカード作りに専念していました。

 

IMG_0232[1]2年生は近くにある長根小学校の全校児童たち一人ひとりに、手作りのクリスマスカードをプレゼントしました。クリスマスカードをもらった児童たちが、校内に設置された馬小屋の意味を理解し、喜びのあるクリスマスを過ごしてほしいという願いを込めて作成しました。

 

 

unnamed (4)3年生は、例年行われている馬小屋作り、イルミネーション、ステンドグラス、エプロン作り、花壇作り、校外清掃に取り組みました。3年生にとって最後の奉仕活動でしたので、気合が入っていました(笑)。

 

 

 

生徒の感想を抜粋して紹介します。

【1年生】

*今日の奉仕活動を通して、まず世界にはいろいろなことに困っている人がたくさんいて、教育もまともに受けることができない子どもたちの存在を知りました。私はたまたま日本に生まれ、普通の暮らしができているけれど、スクリーンに映っていた子供たちのような生活をしているかもしれないと思いました。そんな人々を一人でも助けたいという思いで活動をしてる人の存在も知り、勉強になった奉仕活動でした。

 

*少しでも多くの人に笑顔になってもらえるように考えながらのカード作成は、自分の心も豊かにしてくれるような感覚がありました。私の作ったカードは一方通行かもしれないけれど、心を込めて作ったカードが、遠く離れた国の子供にわたり、それを見て喜んでくれるのなら、それもまた繋がりなのかなと思いました。

 

*クリスマスカードを作ったことによって、私自身がクリスマスを感じることができて、奉仕というものは与える方も与えられる方も両方が嬉しい、楽しいと思えるものであることに気づきました。

 

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【2年生】

*前日からデザインを考えたり、こんなのを書いたりしたら可愛いかな?喜んでくれるかな?と小学生の姿を想像していた。でも、実際作ってみると自分の思い通りにならなかったり、表現することの難しさを実感した。そんな時、友だちに助けを求めアドバイスをもらった。友だちと助け合って協力して、1つのことを頑張る事の大切さに気づいた。

 

*目に見えない誰かが喜んでくれるだろうかと相手を思いやる精神をもっていれば、きっと相手もいつか同じことをしてくれるだろうし、お互いがお互いを尊重し合って生きていくことで、どんどん輪が広がってたくさんの人がそのような心を持つことができるのではないかと思います。

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【3年生】

*馬小屋作りでは、協力が大切で普段はコミュニケーションを取らな人とも話さない人ともたくさん話すことができ、行事が減りいつものように人との関りができなかったからこそ、このような場がより楽しく感じた。コロナ禍でいろいろなことが制限され、いつもと違う日々にストレスや不安を感じたりしていたが、少し心に余裕をもって人のために行動することの大切さに気づけた。

 

*校内での活動では、慣れ親しんだ場所での仕事をするので、「仲間の働き」や「仲間と何を共有したか」というように、自分の周囲の人々に目を向けることができました。身近な人々が懸命に働く様子に心地よい刺激を受けて、自分の仕事にも力を入れることができました。奉仕活動とは、どの場においても新たな発見が生まれるのだと学びました。

 

*校内を掃除していくことで、普段私たちが使用している所は、いつも使っているから「ありがとう」の気持ちを込めて行い、使用していない所は私が知らないカピタニオ生が次に使用する時に、気持ちよく使ってもらえるといいなという思いで、掃除をしました。この自分の知らない、眼では見ることができない人のことを思うということが大切なのだと感じました。

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1日の奉仕活動によって、他者のために活動をすることの喜びと大切さに生徒たちが気づいてくれたのを知り、奉仕活動のねらいを果たすことができたように思います。クリスマスは喜びのお祝いです。コロナ禍で人々との関りが減り、寂しい思いをしている人たちがたくさんいます。私たちの小さな活動によって、クリスマスの喜び「あなたは神様から愛されている」ことが伝わり、神様からの光がもたらされますように!

 

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Merry Christmas

コロナ禍の2学期は、クリスマス会で無事終えることができました。

 

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DSC_4864クリスマス会は例年と違い、会場のカリタスホームの窓、座席の間隔を開け、生徒たちだけのクリスマス会。毎年歌っていた聖歌は、生徒たち有志による楽器演奏、最後の「ハレルヤコーラス」は、全校生徒によるハンドパーカッションで、クリスマスの喜びを体全体で表現しました。

 

司式をしてくださったのは、南山大学のスサイ神父様でした。神父様のお話を抜粋して紹介いたします。

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「今年のクリスマスは、コロナ禍の中でクリスマスミサをするかどうかも迷うと思います。

その苦しみの中でのクリスマスのメッセージは何でしょうか?それはクリスマスの挨拶の「メリー・クリスマス」の「Merry」です。

つまり「喜び」です。特に弱い立場にいる人たちに、喜びを与えることです。イエス様の誕生が世界の苦しんでいる人々、そして社会の弱い立場に置かれた人々に喜びを与えてくれました。

イエス様の誕生の喜びのメッセージは天使たちによって、最初に社会の弱い立場に置かれた、差別されていた羊飼いたちに伝えられました。

そして、幼子イエス様がベツレヘムで生まれる場所もなかったので、飼い葉桶の貧しいところでお生まれになりました。

それは、この社会の中で居場所がない人々と共感し、貧しい人々に喜びを与えるために生まれてきたというメッセージをこの世に伝える為だと思います。

そして、イエス様の生涯を振り返ってみると、優しい言葉と親切な行動で苦しんでいる人々に喜びと慰めを与えました。

目が見えない人、足が不自由な人々、色々な病気を患っている人々を癒して、この社会に居場所のない人々に喜びを与えました。

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現代社会でも、イエス様に影響され、その喜びのメッセージをたくさんの人々が伝えています。その中でいつも私が感動している方は、マザー・テレサです。

彼女は国籍、宗教を超えて、社会に見捨てられた人々に喜びと慰めを与えました。彼女の感動的な言葉は「I  see  God  in  the  smiles  of  the  poor」(貧しい人々の笑顔・喜びに神を見る)です。

マザー・テレサが来日なさった時に日本人におっしゃったのは、「日本は先進国で経済的な貧しさはあまりないですが、心の貧しさ、寂しい思いをしている人が多い」ということでした。

高校生の皆さんは同級生をはじめ、家族や社会の弱い立場にいる人々と出会う時、笑顔で優しい言葉と親切な行動で、クリスマスのメッセージである「喜び」を分かち合うことができることを願っています!

Let  us  make  someone  smile  every  day  that  would  be  the  greatest  Christmas  gift!   Merry  Christmas! 」

 

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DSC_4838スサイ神父様のお話のように、このコロナ禍だからこそ、社会の中で弱い立場の人のことを考え、自分ができる愛の実践をしながら、人々に喜びを与える生き方ができるように、クリスマスの日に祈りましょう!

 

 

 

 

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私の存在

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1年生の大切な行事「修養会」は、11月12日(木)コロナ禍の影響で1日のみになりましたが、実施することができてホッとしています。

 

 

今年の会場は校内になり、修養会の非日常をどのようにして生徒たちに味わってもらえるのか、苦労致しました。1時間目は、クラス担任によるワーク。2時間目は、スクールカウンセラー平田先生による「怒りのコントロール」。3限目と4限目は、イエズス会の柳田神父様から「心に愛を育み、自分と他者を大切にする」というテーマでキリスト教人間観と瞑想を紹介していただきました。午後は、生徒たちが初めて経験するごミサで、1日だけの修養会を無事終えることができました。

 

生徒たちの感想を抜粋して紹介いたします。

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*今まで普通に生活してきた中で、これほど長い時間自分の心と素直に向き合ったことは一度もないということに気づきました。確かに「自分の心と素直に向き合う」ことは簡単なことではないし、この学校に入らなければ、もしかしたら一生こういう貴重な時間を経験することはなかったかもしれないと思います。

 

*今年はコロナの関係で“修養会”を例年の2泊3日で行うことができなかったことを考えると、非常に残念です。友だちとの絆を育みながら、キリスト教についても多く学べると思っていたので、少し悲しいような、寂しいような、そんな気がします。でも、「今年は例年の先輩方が体験しなかったような修養会」と考えると、なんとも喜ばしい気持ちになります。カリタスホームで行われましたが、シスターから「ここを違う場所だと思って・・・」とのことでしたので、私はアイルランドを思い浮かべ参加させていただきました。

 

*「神様」という存在は、私たちの理想なのではないかと思いました。まだ誰も姿を見たことがないし、本当に存在しているかなど、誰にも証明できないけれど確かに「神様」は存在しているのだと、今日初めて思いました。神様が私たちの理想だとしたら、“他人に手を差し伸べなさい”“隣人を愛しなさい”という言葉、考え方、生き方は私たちが一番望んでいるものじゃないかと思いました。

 

*私は中学の時、辛い、苦しい経験をしたことがあって、当時の私は自分も人も嫌いでした。でも、その経験を通して変わろうって思えたし、今、私は自分のことを受け入れることができています。そのようになってから、人のことも受け入れられるようになったので、自分自身、ありのままの自分を愛することは大切なことなのだと本当に実感しています。今までの人生の中でこれほどまでに有意義な時間を過ごしたのは初めてだと思えるほど、私の中では重要で大切な時間でした。現代の私たちはスマホやパソコンとにらみ合っている時間が多く、だらだらと時が流れるのを待っている時間が長いと思います。その時間を少しでも減らし、「自分の心と素直に向き合う」という価値のある時間に充てるのも悪くないなと思います。

 

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*「怒りのコントロール」についてのお話の中であった、「怒る前の気持ちが本当の気持ちである」ということを初めて知ることができたので、これから自分の怒りのサインに気づき、怒る前の気持ちを深呼吸しながら考えてみたいと思いました。

 

*神父様のお話では、瞑想するといいということを学びました。そしてびっくりしたのは、呼吸=神様。神様はいい人悪い人に関係なく、分け隔てなく接してくださる。呼吸もいい人、悪い人関係なく無条件に受け止め生かそうと働くそのことから、呼吸=神様というのがすごくびっくりしました。どちらも無条件に無償で与えてくださることに。

 

*神父様のお話で、「愛」の意味を改めて学べたような気がします。マザーテレサの「大切なのは、どれだけ心(愛)を込めたかです。」という言葉を私も大切にしたいなと思うことができました。

 

*神父様のお話を聞いて、「するモード」から「あることモード」へ心を切り換えることの大切さを知り、それと同時に、怒っている時に切り換えることができるように、心を成長させていきたいです。

 

*ごミサに初めて参加してみて、あまりの荘厳さにとても驚きました。カリタスホームの空気がいつもと違い180度変わったようでドキドキしました。まさに“愛の家”という雰囲気で、実際に教会に訪れたように感じました。ミサが始まると一気に取り込まれたような心地になって、時間を忘れてしまいました。

 

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1年生は6月から学校生活をはじめ、これまで味わったことのないキリスト教の雰囲気に戸惑いを感じていました。私の宗教の時間の話など、宇宙人が話しているような感じで聞いていました(笑)。

 

IMG_3815[1]この修養会が彼女たちにとって、よい話を聞くことの大切さや、自分と向き合うことの大切さに気づき始めるきっかけになったことは確かです。そのために、自分をありのまま受け止めることを心がけていこうとし始めた彼女たちが、3年後には自分の存在価値に目覚め、自分を大切にする術を見つけて卒業してほしいと心から願いました。

 

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居場所

毎年行われている、全校生徒が集まって行う「慰霊の集い」は、コロナ禍に合わせて少し予定を変更して行いました。司式は春日井教会主任 北向修一神父様です。私たちにしてくださったお話を、抜粋して紹介します。

 

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「この聖カピタニオ女子高等学校が今も存続して私たちの学び舎になっているのは、先輩たち、教職員の方々のおかげです。

『私はあなた方のために場所を用意する』(ヨハネ福音書14章2節)

 

IMG_0064[1]と、イエスは言っています。これは、人間が寿命を全うしても、その魂は天国で安らかに憩うことができるということを示しています。だから、私たちはこの人生を意味のあるものとして、大切に時間を使おうとします。そして、私たちも限られた時間の中で様々な居場所を作ります。家族は私たちの居場所ですが、家庭以外でもそれぞれの場所が必要になります。皆さんにとっては、この聖カピタニオ女子高等学校ですね。

 

 

初期の生徒たちは学業に励みながら、グランドを整備する奉仕をしたと聞いています。先生方は大村はまさんの言葉通り

子どもたちはその日を2度と迎えないのだし、その時間も迎えない。教育者たる自分はいつでも最高の自分でなければならない。

という想いをもって教壇に立っています。今の私たちも準備された場所を守り、未来の後輩のためにこの場所で精一杯に活動をしています。この学び舎でたくさんの人が私たちのように働き、学び、いつかは過ぎ去る時の中で、文字通り聖カピタニオ女子高等学校という場所を守り愛した人々がたくさんいるのです。

何事も愛する方法は、それをいつか失うかもしれないと認識することである』

ギルバート・チェスタートン(1874~1936イギリス人)

 

今日の福音書のように、場所を誰であろうあなた方のために用意した人々こそ、この言葉は相応しく輝いています。私たちが慰霊する人たちは、そんな素敵な人たちなのです。どうか皆さんが、この先輩の方々に絆・繋がりを少しでも感じてくださるなら、それが一番の慰霊の儀式になるでしょう。」

 

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IMG_0069[1]こうして今年も全校生徒と教職員が一堂に会して、学校関係者の方々のために祈ることができたことに感謝したいと思います。神父様のお話にあったように、本校がこうして創立当初から教育活動を続けてこられたのは、たくさんの方々の生きた証があり、種を蒔かれたおかげです。その種が芽を出し、成長し、今では大きな木になってきました。この大木を成長させるために、後輩たちの居場所になれるように私たちの愛を注いでいきたいものです。

 

 

 

 

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地球にやさしい活動

IMG_6572[1]10月31日(土)「’20秋の藤前干潟クリーン大作戦!!」に、生徒18名と参加して来ました。当日は、穏やかな秋晴れで、柔らかな太陽の光に包まれながら、1時間半、藤前干潟のごみ拾いをしました。

 

 

当日の藤前会場は事前の申し込みで総勢300名参加し、数組の団体の人たち、家族、夫婦、そして私たちといろいろな人たちと関わりながら清掃活動に取り組みました。

 

参加した生徒の感想を抜粋します。

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*以前、校内のお昼の放送で、2030~2050年には、海中のプラスティックごみの量が魚量を上回ると予想されることを聞きました。私にはその時実感がわきませんでしたが、今回この活動をし、直接ゴミの量の多さを目にして実感できました。(2年生)

 

*参加した人たちと一緒に、ゴミ拾いをしている連帯感を味わうことができました。それは、岩場の間に落ちていたバケツを友人と2人で取ろうと頑張っていたのですが、岩が重く持ち上げられなくて、近くにいた男性に声をかけ手伝ってもらい、バケツを取ることができました。声をかけるのに、勇気はいりましたが・・・。(2年生)

 

*今回の活動に参加して、いかにポイ捨てが多いかということを知りました。岩の間に挟まったペットボトルを懸命に拾おうとする友人を見て、助けに行きました。誰かが無意識で捨てるごみは、誰かのおかげで処理されている、すなわちボランティアがいなければ、永遠に残るゴミになっていたことを、人々は知るべきだと感じました。地球のために、少しでも役立つことができて満足です。(2年生)

 

*藤前干潟が世界中の鳥が集まるオアシスであることを知り、ゴミで溢れていることや気軽にポイ捨てされている現状にとても不安になりました。このような活動に参加して、ポイ捨てをしない意識が高まると思いました。(1年生)

 

*今回拾ったごみの中で多かったものは、プラスチック破片でした。これを食べ物と間違えて食べる魚や海洋生物のことを思い出しました。そのことを考えると、とても危険で危ない事だとすぐ分かりました。(2年生)

 

*この活動に参加し、私より小さい子供たちやお年寄りの方々まで参加しているのに感動し、人々の温かさを感じられました。足場が不安定で大変でしたが、実際自分たちが集めたゴミを見て、達成感を味わうことができました。また、作業中でも運営の方々や先輩、一緒に活動していた仲間に気遣いの言葉をかけていただき、とても嬉しくなったし、心が温かくなりました。環境や鳥を保全するための活動をして、人々との関りや交流もできて自分自身とても成長できました。(1年生)

 

*私はボランティアに参加して世の中の人の役に立ち、少しでも地球がきれいになってほしいと思い活動に参加しました。ごみを捨てたら、その分誰かがゴミを拾わないと汚くなってしまうと改めて思いました。誰かが落としたごみは、誰かが拾ってくれているから、この地球がきれいなんだと感じました。自分の知らないところで、このように掃除をしてくださったり、いろいろな活動に参加して、少しでも地球がきれいになるように頑張ってくれている人がいることを知ってすごいと思ったし、自分もそういう人になりたいと思いました。(1年生)

 

*ごみの中で私が多く見たものは、ビニール袋とタバコでした。ビニール袋やストローが海の生き物たちにとって危険になるという動画を見たことがあったので、この活動に関心をもっていました。短時間の活動でしたが、友人と一緒にたくさんのごみを拾い、ビン、缶を分別するときに、他のボランティアの方々とお話をができて、とても有意義な時間を過ごすことができました。(1年生)

 

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生徒の感想の中にあった

ごみを捨てる人がいれば、それを拾う人もいる

という言葉にハッとさせられました。各自が責任を持って行動していれば、ゴミの問題がこんなに大きな社会問題にまで発展することがなかったでしょう。ごみは人間が生み出すもの、だったら人間が片付けないといけないことを参加した生徒たちは気づいたようです。活動の終わりに環境省の方と話していた時、

一生の中でゴミ拾いに参加した人は、ごみを捨てない人になります。

とおっしゃった言葉が心に残りました。小さな子供たちを連れて参加した家族は、家庭の中でごみ問題に関することが話題になっているのかと思うと、心が温かくなりました。地球にやさしくできる人は、隣人にも優しくできる人になれるでしょうね。

 

IMG_1489活動の終わりに、渡り鳥たちが一斉に水辺に飛来している光景を見ることができ、生徒たちが行った活動に鳥たちも安心して食べ物を取っている様子に感動しました。まるで、私たちの活動に感謝するために来たような感じを受けました。

 

 

 

 

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