カトリック教会では11月を、「死者の月」として、亡くなった方々のためにお祈りを捧げます。

慰霊の集い

??DSC_0007? カトリック教会では11月を、「死者の月」として、亡くなった方々のためにお祈りを捧げます。

 DSC_0316本校は10月29日(木)の全校朝礼で、本校に関わった教職員、在校中に亡くなった生徒たちのご冥福と感謝の祈りを捧げました。

 


 DSC_0312司式をしてくださったのは、瀬戸教会主任司祭インマヌエル・ビン神父様です。お話の中で「誰かが亡くなると、『亡』という漢字を使い、『無』という漢字を使わないのはなぜでしょうね。

 キリスト教において、死は神のみもとに帰り、永遠の命に与かることだから、亡くなった人の魂が永遠に安らかに憩うように祈りを捧げるのであって、人間の魂、霊魂は『無くなりません』。


 亡くなった方々が天国に入るためには、その霊魂があらゆる罪の穢れから清められ、神のみもとで永遠の幸福に与かることができるように、生きている私たちが死者のためにお祈りをし、逆に、死者が私たちのために神に執り成してくださっていることを信じています。

 

DSC_0313 生きている私たちにとって大切にしているのは、「心」です。私たちが気をつけないと「心」も亡くなってしまいます。

 いつ心が亡くなるかというと、「忘れてしまう」時、「忙しすぎる」時です。」と漢字を使いながら私たちに、本校の教育「愛をベースに豊かな心、深い知性を持つ女性の育成」を目指している学校だから、「愛をベースに豊かな心」を大切にして生きてほしいと話してくださいました。

 

 全校で慰霊の集いをする前に、宗教の時間を使い各クラスの慰霊祭を修道院のチャペルで行いました。1年生を担当している私は、8歳の男の子と5歳の男の子が亡くなる時に、家族に対してきちんと別れた実話を2つ紹介して「別れ方」についてお話をしました。

 私たちはいつか親しい人とこの世で別れなければなりません。その日がいつ来るか誰も分かりません、それは神様の領域ですね。私たちはこの世で限られた命を生きています。

 いつ親しい人との別れが来るかもしれませんが、「ごめんなさい」と「ありがとう」だけは、後悔しないように相手にいつも伝えておきたい言葉ですね。

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