12月22日本校のクリスマス祝賀ミサが、名古屋教区長松浦悟郎司教様と瀬戸教会主任インマヌエル・ビン神父様によって行われました。

世界がちょっと優しくなれる日

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???? 12月22日本校のクリスマス祝賀ミサが、名古屋教区長松浦悟郎司教様と瀬戸教会主任インマヌエル・ビン神父様によって行われました。

 DSC_0306カリタスホームの中だけは、聖夜を思わせるような静けさ。3年生のキャンドルサービスが始まりました。

 ハンドベルの音色が響き渡り、3年生の合唱が主の降誕の喜びを歌で私たちに伝え、ミサに入りました。

 

 ミサの中で、松浦司教様は次のように話してくださいました。

 

 「クリスマスの日は、世界のいたるところで心温まることが起こっています。クリスマスは、世界がちょっと優しくなる日です。

PC210216 戦後、貧しい母子家庭の家で、子どもたちはいつもお腹を空かせていました。クリスマスの日にお母さんが子どもたちのために、カツ丼を準備してくれました。

 子どもたちは大喜びでカツ丼を食べていましたが、ふっとお母さんを見ると、お母さんのカツ丼がありませんでした。『お母さんの分は?』と聞いた子どもたちに、『お母さんは大丈夫』と言いました。

 2人の子どもたちは、その言葉を聞いて涙をこぼしながら、しょっぱいカツ丼を食べました。クリスマスの日は、そんなことが起こる日です。」と司教様は、私たちにお話をしてくださいました。

 聞いていた私は自分が小さかった時のことと重なり、胸がいっぱいになりました。目から熱いものが込みあげ、近くにいた生徒に気づかれないようにと、そっと目頭を押さえました。

 

 世界の中で争っている国々が、クリスマス停戦を迎える話を新聞で読んだことがあります。その最初のクリスマス停戦のお話を、松浦司教様は話してくださいました。

クリスマス停戦 「1945年、ドイツ軍とフランス軍が戦っていました。クリスマスの夜、ドイツ軍の所に有名なテノール歌手が慰問に来て『きよしこの夜』を歌いました。その歌声は静かな夜空に響き渡り、フランス軍の所にも聞こえました。

 彼らは手にしていた銃の代りにワイングラスをもってドイツ軍の所に行き、ドイツ兵も銃を置き皆でクリスマスを祝いました。これがクリスマス休戦の始まりです。夜が明けるとお互いの兵士たちは銃を持って、再び戦いを始めました。

 クリスマスを祝う『せめてこの日だけは』が、毎日に続くように。子どもたちが幸せに暮らせるように、戦争がない日が続くようにと、クリスマスの日に確認をしましょう。

 イエスの誕生によって、神があなたたちはひとりぼっちではないという事を私たちに示されました。神は私たちにご自分を差し出されました。神が駆け寄ってくださいました。

 すべての人がこの日少しでも幸せになるように。そしてそれが続くようにと祈りましょう。」

 

 クリスマスは、今や世界中でお祝いされています。松浦悟郎司教様のメッセージを聞いた私たちが心を合わせて、まず私の心が、そして世界の人たちの心が少しでも優しくなれるようにお祈りしましょう。

 皆様の上に神様の祝福が豊かに与えられますように、お祈り申し上げます。良いクリスマスと良い新年をお迎えくださいますように。

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