み言葉の祭儀|聖カピタニオ女子高等学校|豊かな人間性を持つために

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高嶺山の実り

  この高嶺山に本校が創立されて、今年で56回目の創立記念日を迎えました。

5月14日(火)は曇り空で涼しい気候で有難かったのですが、式典が終わるころは土砂降りになり、参列してくださった方々や帰宅する生徒たちには申し訳ない気持ちになりました(私の日頃の行いが悪かったからでしょうか?笑)。

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DSC_2041 今年は10連休があり授業数も少ない中、4月に入学した1年生はイタリア語の「ラ・カリタ」をしっかり歌ってくれました。

4部合唱の歌声は、日本から祈りとなって世界中のカピタニオの施設に届くような迫力がありました。

歌っていた生徒たちも世界のカピタニオファミリーの一員として、聖バルトロメア・カピタニオの偉業に感謝を捧げていました。

 

 み言葉の祭儀の中で、理事長先生は聖女の生き方を次のように話してくださいました。

DSC_0252「聖バルトロメア・カピタニオはたくさんの友人を持っていて、その友人に励ましの手紙をよく書いていました。

その中でマリアンナに宛てた1827年1月12日の日付の手紙にこのように書かれていました。

『私は明日20歳になります。これまで神からいただいた恵みを私と共に感謝してください。そして私が神の愛から離れないように祈ってください。』

と言う短い文章から聖カピタニオの感謝する心が見られます。

また日記には次のように書かれています。

IMG_3473『私に対する神の愛が分かりました。永遠から私は限りない愛で愛されている。この素晴らしい体を造ってくださいました。私自身なんの値もないのに・・・・。』」

と理事長先生は聖カピタニオがすべてのことに感謝している様子を話してくださいました。

そして聖カピタニオにとって生きることは当たり前のことではなく、与えられた命、健康、才能、家族、教育などは、すべて神が与えてくださったものだから感謝しないではおられなかったのです、と当たり前のことが、実は当たり前ではないことを教えてくださいました。

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 自分の命に誠実に生きた聖バルトロメア・カピタニオの生き方は、まさに「一粒の麦」の生き方そのものでした。

神様は全ての人たちに、「あなたは私の愛する子」と呼びかけておられます。

そのみ言葉に応えるために聖女が行った行為は、自分の心の中の悪いものを取り除くことでした。

DSC_0229そのお陰で聖女の心は神の愛で満たされ、人々へと神の愛の奉仕を行うようになっていき、それが日本の地にも実りをもたらしてくれました。

私たち一人ひとりにも神様は、聖女と同じように語りかけてくださっています。

聖女の生き方から、その事実を教えてもらった創立記念日でした。

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一粒の麦が地に落ちて

P5120031    今年の本校の創立記念日は、5月13日(金)に行ないました。第一部、瀬戸教会主任司祭インマヌエル・ビン神父様によるみ言葉の祭儀が執り行われました。

 第二部は、3月にイタリア研修旅行に参加した生徒たちからの報告が行われました。

 

 この日は、保護者の方々、卒業生、旧職員の先生が参加して祝ってくださり、生徒たちにとっても励みになったと思います。毎年合唱する「La Carità」の歌声は、聴く人たちに感動を与え、心を清めてくれます。

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 み言葉の祭儀の中で、理事長Sr.フランチェスカは次のようにお話をしてくださいました。

P5120035 「カトリック教会は今年“いつくしみの大聖年”をお祝いしています。聖バルトロメア・カピタニオの生活の基礎になっていたのは、この“いつくしみ”です。

 彼女は神の愛を体験し、人々にその愛を注ぎました。そして、修道会の会員に“いつくしみの業”を行うように伝えました。

 “いつくしみ”という言葉を言いかえれば、隣人愛、思いやり、奉仕、親切、憐れみ、ゆるし等です。いつくしみの実践の場は、家庭から始まります。

 聖バルトロメア・カピタニオの父親は、酒乱で暴れ家族を困らせていましたし、妹も気が強く我儘な性格でした。

 そのような家族に対して、彼女は父の弱さを理解し父親の傍に寄り添ったりして、置かれている家庭の中で毎日実践的な愛の業を行いました。

 また、病気の人を看病したり、刑務所に収容されている人たちに慰めの言葉をかけに行ったりしていました。

P5120025 このような愛の実践を行うために彼女はいつも神に、「あなたからいただいた命、健康、才能、目、手、足全て、人に役立つように努めます。」と神のいつくしみで人々に接することができるようにと祈っていました。

 私たちも実践的な愛を生きるように呼ばれています。」

 

 

 創立記念のお祝いが終わった後、ある教員が保護者の方から、次のようなことを聞いたと報告してくださいました。

「娘はこの学校に入学させてもらい、1ケ月しかたっていませんが、本当に変わってきました。挨拶を言えるようになってきたのです。

 “お弁当がおいしかった!ありがとう。”とか、朝“おはよう!”と挨拶をしてくれるようになったのです。」この生徒も、聖バルトロメア・カピタニオの生き方を家庭で実践していると思うと、まさしく一粒の麦がまかれて実を結んでいますね!

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 当日、聖カピタニオに捧げられたお花は、私たちの生活を支えてくださっている市役所・警察署・消防署・最寄駅等や中学校に感謝の気持ちと一緒に届けさせていただきました。

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碧い海と空の沖縄から学んだ平和?

?? 沖縄に未練を残しながら帰りの飛行機に乗り込んだ生徒たちは、この4日間の修学旅行の想い出を文字に書き表していました。

 楽しかった沖縄の心のスナップ写真を、中部空港に着くまでの間整理しているように感じました。その想い出を抜粋して紹介致します。

 

 

P1010526 平和教育に力を注ぐカピタニオの教育は、素晴らしいと思った。カピタニオの修学旅行だからこそ、これほど深い学びができたのではないかと思いました。

 沖縄は3度目でしたが、来るたびに知らないことがたくさんあって、きれいな景色があって、やっぱりいいもんだなと思いました。

P1010662 平和祈念公園に広がる礎の数には毎回ビックリするし、そこに刻まれた名前を一つひとつ見ていくたびに胸が苦しくなりました。

 これだけたくさんの人が苦しい思いをしながら亡くなったのかと思うだけで、今、私が何不自由なく生活できることに申し訳なさを感じるのと同時に、70年前の歴史があったからこそ、今があるんだと気づかされました。

 また、「ひめゆりの塔」は10年前に一度訪れたことがありますが、当時のことは何も覚えていませんが、ただひたすらに泣いていたことは覚えています。だから今回こちらを見学して、10年後の私が感じることの変化に気づくことができました。

 私たちと同世代の生徒が戦争に動員され、たくさんの死を目の前でみてきました。自分のすぐそばで友達が亡くなっていく悲しみは、私にはまったく想像できません。キラキラした夢を持っていたのに、それが一瞬で潰されてムカつきました。

 戦争が何より大嫌いです。私は絶対にやりたくないし、世界中から争いが無くなってほしいと思います。

 それを実現するためには、やはり私たち一人ひとりがより一層戦争について考え、学び、自分の中で戦争することへの意見や平和への想いを、言葉として確立し、それを外に向かって発信していく。日本中の人が「戦争は嫌だ」と声をあげれば、少なくとも日本で戦争が起こる可能性はなくなっていくと思います。

 「戦争をしたくない」と思うだけでなく、行動することが大切だと思いました。

 

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P1010526 4日目の「み言葉の祭儀」で神父様の読まれたマタイ福音書の真福八端は、とても心に響きました。

  P1010566必ずしも貧しい人が不幸というわけではない。裕福な生活を送っている人が幸せを得るわけではない。心の優しい者が、幸せを得るんだと思いました。

 この4日間を通して、修学旅行に関わってくださったすべての人に感謝の気持ちです。沖縄の文化に触れ、目で見て肌で体感することで、沖縄の素晴らしさ、戦場になったからこそ伝えられること。

 様々なことを教わることができました。本当に平和について学ぶことができて良かったです。そして、戦争のない平和な日本であり続けてほしいと強く思います。

 

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P1010526 沖縄に実際に行ってみると、時間の流れがゆっくり流れているように感じ、やっぱり同じ日本でも違うんだなと思いました。

P1010525 戦争の事について一番衝撃を受けたのは、私たちが今歩いているこの場所でたくさんの方々が亡くなったこと、そして、今もまだ地面の下には発見されていない骨があるという事を教えてもらった時でした。

 その時は、何も罪のない方々が、日本のために頑張って戦ってくださったのに亡くなってしまった、そんな場所を平和に暮らせている私たちが歩いていて申し訳ない気持ちもありました。

 また、そういう方々のお陰で、今私たちが平和に暮らせていることに感謝したいと思うと共に、戦争のない日本に生まれてくることができたので、生きたかったと思う方々の分まで、一生懸命に生きようと思いました。

 私はこの修学旅行で戦争に関するものを自分の目で見ることができたので、沖縄に行く前と戦争に対する意識が変わりました。

 

 

 いかがでしたか?生徒たちの感想は・・・。私自身キーを押しながら、目がウルウルしてきました。他にも分かち合いたい感想がありますから、次回掲載いたします。

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聖バルトロメア・カピタニオへの祈り

 今年も5月14日(木)に、第52回創立記念日を無事迎えることができました。外の暑さとは裏腹に、会場のカリタスホームの中は爽やかな風が式に参列している人たちの心の中を駆け巡っているように感じました。それは、1803年北イタリアのローベレで誕生した聖バルトロメア・カピタニオが神の愛に忠実に応えた聖霊の働きが、私たち一人ひとりの心にも語りかけているように感じられました。全校生徒たちと保護者の方々、卒業生、来賓の方々と心を合わせて感謝と世界の平和のためにお祈りいたしました。この祈りを必ず神様が聞き入れてくださり、人々の心を愛の心に変えてくださることでしょう。

 み言葉の祭儀の中で祈られた共同祈願を紹介いたします。

*わたしがここ聖カピタニオ女子高等学校で学んだことは、勉強をとおして「人を思いやること」「どんなことにも挑戦すること」「女性としての強さ」など多くの大切なことを学びました。しかし、この地球上には学びたくても学べない人が、学校に通いたくても通えない子どもたちが、「女」だからと言う理由だけで学ぶ権利を奪われてしまう女性が大勢いることを知っています。私たちがこうして学校に通い学ぶことができることは決して当たり前のことではありません。どうか世界中の子供たちが自由に学ぶことができ、知識を身に着け、喜びや勇気、希望をもって生きていけますように。(生徒会長)

*カピタニオに入学して二回目の全校朝礼で、「当たり前を当たり前に」というお話をききました。そのことを考えなおしてみると、普通に学校に通えること。ご飯が食べられること。家に帰ると家族が待っていること。どれもがそうであると分かります。しかし、東日本大震災や四月に起きたネパールでの地震での被害をみると、当たり前を当たり前だと思ってはいけないと思いました。今日自分が過ごしている環境がとても幸せなことだとカピタニオに入学して改めて実感することができました。私はカピタニオで与えられた時間を、新しく出会えた人たちと一日一日大切に過ごしていきたいです。カピタニオでしっかり学び自信をもって社会に出ていきたいです。私たちが自分自身を誇れる人間になれるよう何事にも努力する力とみんなを愛する力をお与えください。(1年生代表)

*カピタニオ生となって、慣れなかった祈りも今ではさまざまな思いを込めて祈るようになりました。それは、「あなたが何気なく生きた一日は、昨日亡くなった人が生きたかった一日だということ」と言う言葉に出会ったとき、私の心に強く刻まれたからです。世界では宗教や民族間での紛争、領土をめぐる対立など目を覆いたくなるような争いが増し、また大規模な自然災害や環境破壊によって多くの尊い命が奪われています。このような世界の中で私たちはカピタニオの精神に生かされ、命を愛おしみ、人々に愛を持って奉仕できる人間に成長できるよう、一日一日を大切に過ごせますように。(2年生代表)

*聖女バルトロメ・カピタニオは決して恵まれた環境の中で育ったわけではありませんが、神様から与えられた才能と優しさで、様々な人々を救いました。子ども、病人、老人、貧しい人、特に危険に身をさらされている女性たちに、救いの為に手を差し伸べました。自分自身の命が短いと分かっていても自分のことを顧みず必要としている人々を大切にし、聖人への道を歩まれました。私たちも宗教の時間で学んだ愛の実践を通して、周りの人々を大切にし、思いやりをもって生きていくことができますように。(3年生代表)

 この祈願文に表現されているように、生徒たちは聖バルトロメア・カピタニオに出会い、聖女の思いを受け止め、自分自身に問いかけながら生きている様子が伝わってきました。彼女たちの生き方が出会う人々に神の愛をもたらし、人々を幸せにすることでしょう。

 

 

 

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「愛の詩」をそよ風にのせて

5月14日(月)、本校創立49回目を迎えました。午前9時30分、マドレーの鐘の鳴り響く中、みことばの祭儀が始まりました。全校生徒による聖歌「主イエスの愛は?メドレー?」の合唱に合わせ、宗教委員、生徒会執行部、校長先生、理事長先生から聖カピタニオにお花が捧げられました。

司式は、瀬戸教会主任司祭 北向修一神父様です。神父様が朗読なさった福音箇所は、聖カピタニオの生涯を表すヨハネによる福音12章24節?26節「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。自分の命を愛する人は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。わたしに仕えようとする者は、わたしに従え。そうすれば、わたしのいるところに、わたしに仕える者もいることになる。わたしに仕える者がいれば、父はその人を大切にしてくださる。」(新共同訳)が朗読されました。

その後、理事長Sr.フランチェスカが聖カピタニオの生き方について、次のようにお話をしてくださいました。

『今日は、世界中のカピタニオファミリー何十万人もの人々が、一斉に聖バルトロメア・カピタニオを讃えてお祝いしています。聖カピタニオの故郷ローベレでは、一日中多くの人々が教会を訪れ、聖カピタニオの偉業を讃え、お祈りをささげています。私たちは聖人の生き方から与えられるメッセージを考えたいと思います。キーワードは「愛」(Carita)です。カピタニオは神様に愛されて、その愛に溢れて、人々にその愛を注いでいました。それは“愛の実践”という具体的な生き方で表されました。彼女は17歳で聖クララ修道院での勉強を終え、家に戻った時に「家の中で積極的にみんなに仕えます。自分に仕えられることを避けるようにします。みんなの望み通り行動し、どんなことをたのまれても喜んでします。家の中で家族にやさしく言葉をかけたり、優しい態度で接したり、不機嫌な顔を見せないで、強い言葉を使わないように努力します」。彼女にとって愛の実践の場は、まず自分の家庭であることに気づきました。

聖カピタニオの偉大さは、毎日置かれている環境の中で、子どもたちを教育し、病人を看病し、牢獄の人を慰め、貧しい家を訪問し悩みを聞いてあげる実践的な愛に生きてきたことです。一粒の麦のように、彼女は26歳の若さで亡くなりましたが、今も自分の生き方を通して私たちの生活を照らしてくれます。そうして、私たちもその光をいただいて、日常生活において、カピタニオのように実践的な愛に生きるように呼ばれています。』という内容のお話しでした。

各学年の代表者による共同祈願が行われ、世界の平和と私たちが自分の置かれたところで愛の実践ができるようにと祈りました。

み言葉の祭儀の閉祭の歌は、「La Carita」の全校生徒による大合唱で終わりました。4月に入学したばかりの1年生は、数時間で合唱ができるまでに曲と歌詞を覚えてくれました。毎年、1年生には感心させられます。本校に入学できたことに自信と誇りが持てたように感じられました。終了後、出身中学校にお花を届け恩師に感謝の言葉を述べるために出かけていきました。

みことばの祭儀の後に、今年3月23日~4月1日に行われたイタリア研修旅行の報告会が行われ、生徒たちは自らの言葉で聖カピタニオや聖ヴィンチェンツァの故郷の紹介をしてくれました。イタリアのローベレというカピタニオ誕生の地を実際に訪れて、カピタニオの生き方や彼女が発しているメッセージ、足跡などをその心に鮮烈に刻んだ生徒たちの言葉には、この研修体験の貴重さ、感動の大きさがあふれていました。

次回は、中学校訪問をした1年生の生徒たちの感想を紹介いたします。

 

 

 

 

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