イタリア|聖カピタニオ女子高等学校|豊かな人間性を持つために

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イタリアの現状から

   毎日報道されている新型コロナウイルス、イタリアの死者は中国を抜く数になりました。これから先、イタリアはどのようになっていくのか不安を抱えて生活しているイタリアの人々。

そんな中、イタリアの様子が修道院に伝わりました。感動させられたお話があるので分かち合いたいと思います。

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*感染拡大を防ぐために葬儀ができず、たくさんの棺が教会に安置されています。家族は亡くなった方に、最期のお別れができない状態です。

そんな中、一人の老神父(80歳代)が棺の前で祈りを捧げる時、棺の上にケータイを置き家族とともに祈りを捧げています。

イタリアは埋葬なのですが、今回のこのような非常事態なので火葬されます。ところが火葬場は日本のように多くありません。

軍隊が出動し棺を遠く離れた火葬場に運び始めています。だからこそ、この老神父の行為は、家族の慰めになっていることでしょう。

 

IMG_20180325_174056*今、教会でミサがあげられないので、神父様たちが屋上に上がりミサを捧げているのを、町の人々は窓を開けて神父様たちと一緒にお祈りをしているそうです。

人知を尽くしても見えない敵と戦っているこの時、人々のできることは心を合わせて祈ることだけですね。

 

*一人の女医さんが医療における自分の使命を果たしながら、もう一つの使命が私に課せられたと言っています。

それは、病人に会えない家族からの手紙を、女医さんが家族に代わって本人に渡すことです。

女医さんは「今の自分の使命はこれなのだ」と喜んで使命を果たしていると言っていました。

また、医療従事者と分かれば、ガソリンはタダにするところもあるそうです。

医療関係者も自宅に帰れずホテル住まい。家族にも会えず医療現場で不眠不休で働いている方々のことも心にとめておきたいですね。

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 モノと人が自由に行き来できるグローバル社会へと発展してきた世界、今や一国の問題だけで済まされず地球規模の問題へと発展していくことを、新型コロナウイルスは私たちに教えてくれました。

今回のこのようなことを通して、神様は私たちに何を教え導いてくださっているのかをしっかり受け止めたいものですね。

 

IMG_20180322_103106 便利さ、発展を追求していく人類は、目に見えないものからの脅威をますますこれからも感じるようになるのでしょうか。

人類のおごりがこのような事態をもたらしたのであれば、私たちはもっと自然からの声を聴き、人類の自然に対する関わり方を謙虚に学び、自然との共生、お互いを労わり合う人間関係を作り上げていけるように祈りたいと思いました。

 

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イタリアの聖なるパワー

第7回イタリア研修旅行を、3月21日?30日に実施しました。今回は24名の生徒が参加し、井上先生と共に実りのある旅行をすることができました。この旅行の大きな目的は、本校の設置母体である幼き聖マリア修道会を創立した聖バルトロメア・カピタニオと聖ヴィンチェンツァ・ジェローザの生誕地ローベレを訪れ、本校の精神を深めることとイタリアの世界遺産やキリスト教文化に触れることです。10日間の印象的な出来事をピックアップして紹介します。

 

3月21日(金)の朝11時55分中部国際空港を出発し、ヘルシンキで乗り換え、ローマに到着したのは同日の20時半ごろ。ヘルシンキからの乗客の中にイタリア人の乗客の姿が見え、ローマのダヴィンチ空港に無事着陸した時には機内に拍手が起こりました。さすがイタリア人の思いやりと温かさ!と感動しました。

22日(土)小雨がパラつく中、バチカン博物館を訪れ、システィーナ礼拝堂の「最後の審判」の絵を見て私たちは感動しました。絵の中央に描いてある2人の天使が手に持っているノートのどちら(天国か地獄か)に自分の名前が書かれているのか、しばし自分の生き方を考えさせられる時間を持つことができました。午後は、ローマの街の観光。コロッセオ、フォロ・ロマーノを訪れていた時は晴れていましたが、トレビの泉に向かった頃には小雨模様。肌寒く震えながらもジェラートはしっかり食べていました(笑)。大勢の人だかりの中、生徒たちは再びローマを訪れるようにコインを泉に投げ込んでいました。

23日(日)今日もローマは雨。でも私たちが宿泊している修道院から出発すると雨も止んでくれました。9時に行なわれるサン・ピエトロ寺院のごミサに参加した生徒たちは各国の人たちの祈る姿を見て、「本物のミサに参加して感動!」と興奮状態。一旦修道院に戻り、今度は12時の教皇様のお告げの祈りのお話を聞くために再びサン・ピエトロ寺院広場に出かけていきました。広場には横断幕をもった人たちやおそろいのスカーフを持った人々が教皇様からひと目で見えるようにと工夫を凝らして続々と集まってきました。フランチェスコ教皇様の人気ぶりが肌で感じられました。私たちは人々の隙間をぬいながら、空間を見つけ陣取りました(この場所は神様が私達のために準備してくださっていたことは後でわかりました)。雨も上がり日差しが差し始めた12時。教皇様が窓から姿を見せられた時の大歓声!教皇様のお話が終わり、巡礼団の名前を読み上げられ3番目に、私たちの学校の名前を聞いた時の私たちの大興奮。その小さな群れである私たちの様子が、まさかTVで映し出されているとは思いませんでした。目立つ物を何も持たない私たちの存在が日本からの集団であることがどうしてカメラマンに分かったのか、今も不思議です。生徒たちも言っていましたが、まさに神様からの贈り物でしたね。日本の小さな学校が、この時は世界のカピタニオ女子高校になった瞬間でした。

24日(月)フィレンツェに立ち寄り、ヴェネツィアの宿へ。翌日1日ヴェネツィアの街を歩きました。水の都ヴェネツィアは生徒たちにとって大好きな街になりました。

 

26日(水)は最後の訪問地ミラノに向かいました。ミラノのドゥオモの尖塔にあるカピタニオ像を見て、今更ながらカピタニオの偉大さに畏敬の念をもったようです。27日(木)カピタニオの故郷、ローベレを訪れました。シスターたちの温かいおもてなしに、家に帰ってきたような表情をしていました。カピタニオがいつも祈っていた教会で、校歌を全員で歌った時の感動。カピタニオ自身、遠い日本から生徒たちが訪ねに来てくれるとは思ってもみなかったでしょう。まさしく神様の御業であることに、本校の存在の原点と意義を再発見しました。カピタニオ達も歩いた石畳を歩きながら、生徒たちにとってカピタニオの存在がさらに近くなったようです。生徒たちはローベレの街を自由に歩きながら、街の人たちと交流を深めていました。

28日(金)午前は、本校の姉妹校モンツァの学校を訪問。午後は、幼き聖マリア修道会の本部の敷地内にあるマリアバンビーナの記念聖堂で、家族、学校のためにお祈りを捧げました。本部でもシスターたちが私たちのためにおやつを準備してくださり、イタリアのお菓子を頂きました。その後、イタリア研修で気づいたことを分かち合いました。

 

  • イタリアを訪れ、祈りの大切さを学んだ。自分がたくさんの人たちに支えられていることを、色々なところで感じ感謝できる人になりたいと思った。
  • キリストが十字架にかけられた時の釘やキリストの遺体を包んでいた布の話を聞いて、キリストは本当に存在していたことがわかった。
  • イタリア人はイタリアの国に対して誇りを持っているのを見て、自分は日本の国について誇りを持っているか考えさせられた。だから、外国を学ぶ前に、自国のことを学びたいと思った。
  • 私はすぐ「疲れた!」と口に出していた。シスターから「自分に強くなってください」と言われ、自分のことで精一杯だったけれど、周りを見るようになり、周りの人のことを祈ることができるようになってきて、自分が強くなれた。
  • 学校で祈っていた朝、夕の祈りでは自分の事ばかり考えて祈っていた弱い自分に気づけた。これからは周りの人たちのために祈りたいと思ったし、自分を律することの大切さを学んだ。
  • カトリックの学校に来て、キリストの存在に触れてキリストに対して距離が近くなった。自分を受け入れてくれる大きな存在に気づかされた。ローベレでパワーをもらった。
  • 自分のことを大切にしたいと思えた。その出発点がお祈りであることに気づけた。家族、添乗員さん、先生たちのお陰でこうして旅行ができる事に感謝の気持ちが心から湧いてきた。
  • カピタニオ高校に入って本当に良かった。凄い学校に入学したと思えた。キリスト教に対する見方が変わったし、キリストを身近に感じられるようになった。
  • カピタニオの存在が身近に感じられたし、ジェローザの遺体を見て、とても身近に感じられた。ジェローザがカピタニオの遺志を継いでくれなければ、私はここにいなかったと思うと、不思議な気持ちになった。カピタニオのように人の役に立ちたいと思った。
  • イタリアに来たのは何か意味があった。偶然ではなく、何か私の中で変わったように感じる。特に自分の信仰が変わった。この体験を無駄にせずに生きていきたい。
  • 貴重な体験をした。1つは人々が教会へ行って祈ることは、日本ではアウェイ。イタリアは逆だった。2つ目は、シスターたちの祈りの姿勢に感動した。私の祈りは神様任せだったけれど、自分自身も何をすべきかという事に気づいた。3つ目は、医療はカトリックと関わりがあるので、将来看護師の道を歩む私にとって、看護師の在り方を考えることができた。

 

まだほかにたくさんの気づきがありましたが、ほとんどの生徒たちが、両親がイタリア研修に参加させてくれたことへの感謝と祈りの大切さに気づいていました。お金では買えない目に見えない、生きる力をもらった10日間の短い期間でしたが、生徒たちが日に日に成長していく姿を見て、イタリアの国のパワーを感じました。やはり神様は私たち一人ひとりの事を考え導いてくださっていることを確信し、生徒たちが本当の幸せを見つけるきっかけになってほしいと願わずにはおれませんでした。生徒たちと一緒にいると、いつもながらイタリアの人たちから生徒たちの行儀のよさ、品格のよさを褒めてもらいます。ホテルでも生徒たちに快く飲み物をサービスしてくださり、私自身鼻高々な気分になりました(親ばかですね。笑)。生徒たちと共に過ごせた10日間に感謝いたします。私にとっても意味深い旅行になりました。

 

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イタリア研修旅行記

2年ごとに実施される創立者聖バルトロメア・カピタニオの足跡を訪ねるイタリア研修旅行は今年で6回目。今年は3月23日?4月1日実施され24名の生徒が参加しました。最初に訪れたローマの暖かさはわかっていたのですが、今年のイタリアは予想外の暑さで、北の方へ行く度に気温が上がり26℃もありました。お天気の方は、トレビの泉とスペイン広場を訪れた時に雨が降った以外は晴天でした。

 

フィンランド航空で中部空港?ヘルシンキ?ローマと約13時間の旅。ローマで3泊、フィレンツェを訪れ、一路ヴェネツアへ行き2泊、ミラノで3泊の10日間の研修旅行でした。24名の生徒たちは、クラス、学年も違い緊張気味でしたが、食事の座席は日替わりチェンジ、ホテルの宿泊メンバーも替ったりと、日が経つにつれ団結が見え、規律ある生活ができ、おかげで健康にも恵まれました。

 

毎回生徒たちを引率していきますが、生徒たちは時間を守り、マナーもよく、食事の後のテーブルごとの片づけにホテルの方はべた褒め。イタリア人から褒められ感心されます。また、今回ローマからミラノまでの貸し切りバスの運転手パウロさんは片言の日本語が話せ、「ニホンジン ダイスキ」「ミンナ スバラシイ!」「ワタシ チョーハゲ」の連発。おかげで生徒たちと交流ができ大いに盛り上がり、約600kmのバスの長旅は、とても楽しく過ごすことができました。

 

ミラノ郊外モンツァにある本校の姉妹校ビャンコーニを訪れた時、制服をきちんと着た生徒たちを見て、高校生の女子生徒たちは「素敵ね!」と言って、私たちの行くところについて来ながら褒めてくれました。幼稚園部では折り紙で飛行機を作り、さっそく廊下にでて飛ばしていました。小学校部、中学校部へと順番に訪れるにつれて、2年前に私たちが訪れた際に折り紙を教えてもらったことを思い出す子供たちに会いました。高等部の生徒たちの大半は、語学研修に出かけていて不在でしたが、最高学年のクラス(18歳?19歳)に入ろうとしたとき大人びたイタリア人の生徒たちの姿を見て、本校の生徒たちは入り口で躊躇してしまい戸惑っていました。イタリア人の生徒から「900年から1900年までの日本の歴史を簡単に教えてほしい」という質問に、日本史の得意な生徒は堂々と答えていました。その後、少林寺拳法部の生徒たちは恥ずかしながらも、少林寺拳法を披露してくれました。

 

イタリア研修の最終日、ミラノにある本部(Casa Madre)では、私たちのためにおやつが準備されており、生徒たちは大喜び。イタリアの飲み物やビスケット、イースターの時に頂くコロンバというケーキをいただいた後、10日間のイタリア研修で感じたことを分かち合いました。その内容をまとめたものを抜粋して紹介いたします。

  • この研修に参加したのは、自分が視野が狭いと言われたので、視野が広がると思ったから。イタリアに来てカピタニオの凄さがわかり、本校の生徒であることに自信が持てた。一人では何もできない私だったが、言葉は通じなくてもこちらが一生懸命に話せばなんとか通じることがわかった。この研修を通じて自分から積極的に動くことができるようになったと思う。最初は緊張していたが先輩がやさしく声をかけたりしてくれたので、自発的に行動ができるようになったと思う。初めのころは単にツアーに参加しているような気持ちでみんなについて歩いていたが、旅の途中からシスターたちが私たちをもてなしてくださる様子を見て、本校の生徒だからこのように温かくもてなしてもらえていることに気づかされ、自分の受身的な態度を改め始めた。そして、すべては偶然ではないことに気づかされた。
  • 世界遺産を自分の目で見たくて、この研修に参加した。最初に見た時はすごく感動した。しかし、資料集に載っていない場所を見ると感動が薄れる自分がいた。また、観光地には物乞いがいたり、ごみがたくさん落ちていたりした。そのような情景は資料集には載っていない。資料集の写真だけでは知れない全体の姿が見れて良かった。先生が言っていた「現地に行ってみないとわからない」という言葉は本当だと思った。。修道院を訪れたり、サン・ピエトロ寺院で行なわれたミサに参加でき、普通では体験できないことを体験させてもらった。絵画はほとんどキリスト教に関するもので、一つの作品に大勢の人たちが関わり、その作品を今も大切に守っている人たちがいたことを知り、キリスト教が人々の生活に根付いており、信じられていたことを実感させられた。反対に、教会を見るにつれて日本の木造建築の凄さが感じられた。

  • 宗教の時間、聖カピタニオのことを学んだりしたが、実際にイタリアに来てカピタニオの凄さとか、キリスト教の教え「人のために何かを進んでする」ことが人間を幸せにするということに気づけた。ローベレの街を歩いていると、カピタニオもこの道を歩いていたと思うと、カピタニオが身近に感じられた。カピタニオはいつも人のために動き、生涯をささげる生き方をしていたことが不思議に感じられた。学校の教室に掛けてあるカピタニオ以外の絵を見ることができてよかった。カピタニオが有名なのに驚いた。カピタニオの生家も見られ、本校に入学できて本当に良かったと思った。カピタニオの生き方を現地で聞いて、彼女の生き方に少しでも近づきたいと思った。
  • 本校に入学して初めてシスターに出会い、シスターはキリストを熱狂的に信じている信者だと思っていた。ところがイタリアに来て大勢のシスターを見たり、一緒に生活をしてシスターに対するイメージが変わった。シスターたちはキリストから学んだことを人々に伝えている人であることに気づかされた。シスターたちに触れ合ううちに、シスターたちは相手を思いやる心が大きく、相手の必要性に応え自然に体が動いていたのに感動した。学校で祈りの時間は面倒だと思っていたが、教会へ行って心を合わせて祈ったり、祈っている人を見て「祈る」ことにすごく意味があることに気づかされた。この研修でキリスト教に興味を持つことができた。

 

  • 私は聖カピタニオの生誕地ローベレの街が好きだ。ゆったりとした時間が流れ、空気も都会とは違っていた。景色がきれいで、ぜいたくな旅を過ごしていると思った。イタリアの各地を巡り、その土地の自然や人々のにぎやかな様子に出会い、様々なイタリアを知ることができた。

 

各自の思いを1時間以上分かち合い、お互いに心を豊かにさせる時間となりました。その思いをみなさんにお伝えするのに限界がありますが、 参加した生徒たちにとって大切な宝物になったことは確かだと思います。私自身にとっても、生徒たちから教えられることの多かった有意義な旅でした。

 

5月14日(月)の創立記念日に、生徒たちによるイタリア研修の報告がありますので、ぜひお越しください。

 

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