修養会|聖カピタニオ女子高等学校|豊かな人間性を持つために

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非日常生活で気づいたもの

スマホ無し、お菓子は持っていかない、テレビは見ないのルールのもとに行われた修養会。

日常生活から離れ、非日常生活を通して自分と向き合う時間を生徒たちはどのように過ごしたのでしょうか?

生徒たちの感想文を抜粋して紹介します。

 

 

*私は普段家にいるとすぐゲームを始めるので、人とのコミュニケーションがあまりなかったけれど、

今回スマホがないので今まで深く話しKS7_0616たことのない友達とも深く話せたり、新しい友達ができて人とのコミュニケーションはとても大切だなと改めて思いました。

そして私はキリスト教を信仰しているわけではないのですが、キリスト教の考え方に従っていると自分の心の扉が開いてきて、だんだん素直な自分になってきていることを実感しました。

 

*私はこの修養会で1つの疑問が生まれました。それは『自分らしい』って、何だろう?です。

修養会で自分と向き合ってみて、どれが本当の自分なのか、私らしいって何なのかと考えさせられました。

KS7_0622そして、3日間のたくさんのいろんなお話は全てつながっていると感じました。

“カピタニオ生”とは、人を愛するために自分自身を愛せる人であり、命を大切にできる人であり、

表面ではなく「感じ」を大切にすることができる人だということ。先輩がそうであったように!

 

*止揚学園や神父様から人間の在り方を聞きました。

KS7_0624今まで道徳で、「思いやりの心をもつ」ことについて学んできました。

この修養会で、何故その心を持たなければならないのかを考えました。それは、人間誰しも全ての人のことを分かっているわけではない。

だから、お互いを理解するために「思いやりをもつ」ということを知り、人の心に気づくという生き方を学びました。

 

*グループワークで普段あまり話すことがない人と一緒に地図を描いたり、謎を解いたりすることが楽しかったし、

自分の言っていることや相手が言っていることが伝わってきた時にとても嬉しく思いました。

KS7_0630自分が言ったことを理解してくれることが嬉しいなんて初めて思いました。

ミサの時神父様のお話の中で、「人間生活の中でとても大事なことは『赦す』ということです。」というお話で、

赦すと認めるということは、似ているのではないかと思いました。

 

KS7_0587*スマホやお菓子もない今の状況で、「話す」ということだけだったからこそ、日常の時よりも深い話とか内容の濃い話とかが、お互い「素」を出してのんびり話せたので、

「ただ仲良し」ができた感じじゃなくて、「素のリラックスした自分で一緒にいれるような友達」になれて、それが本当の意味での「良い友達」って言えるのかなと実感しました。

 

 

 生徒たちの感想文を読むと、同じ3日間を過ごしても、一人ひとり感じ方が違うことに感心します。

それは当然のことなのですが、感想文から一人ひとりの顔が見え、神様がこの経験を通してその生徒の成長に必要なものを与えておられることを実感しました。

体験を通して得た“気づき”が、その人を確実に成長させますね。これからの成長が楽しみですね!

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「いのち」の主役は、わたし!

 平成30年度1学期は、無事終了しました。

1年生にとって初めて経験する事ばかりでめまぐるしい日々だったと思います。

その中で、修養会の経験は生徒たちにとって新鮮で自分と向き合うことを体験できた行事になり、思い出深いものになったようです。

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 生徒たちが感じた修養会の感想を読み終えた今、生徒たちが感じたことを分かち合いたいと思います。

分かち合いは、物事の本質を深くとらえることができます。

日頃忙しくして生きることを深く考えない私たちに、生徒たちの気づきが私たちを立ち止まらせ考える時間を与えてくれるでしょう。

 

j29_3614*スマホがないだけで、こんなにたくさん話せるんだ!お菓子がないだけで、おいしいご飯がたくさん食べれるんだ!と気づくことができました。

そして、空いている時間に自分が苦手だなと思っていた子とたくさんお話をすることができ、いい機会を持つことができました。

自分の一方的な判断で、この人は多分合わないと思うという思考をやめていきたいと思いました。

金子神父さんや福井先生から「人間」についてのお話が聞けて良かったです。

「人間とは何か?」「私は誰?」という疑問についても深い考えを生み出し、とにかく私たち“人間”についてよく考えた3日間でした。

 

j35_3620*修養会を終えて、私の弱いところは、誰かと比較してしまうことだと分かりました。

比較するということは、人間の「クセ」だと金子さんが言っていました。

私は授業でも自分の書いた意見が間違っているのではないかと、いつも誰かの意見を見て似ているようなことを書いているか確認してしまいます。

でもこの修養会での話を聞いて、考えが変わりました。友だちと意見が違ってもいいことに気づくことができました。

自分は自分の意見をしっかり持ち、相手に伝える、それができるようになりたいと思うことができました。

 

j33_3618*私は自分を見つめ直すとか、本当の自分を知るということが苦手でした。

昔からうわべだけの関係の友達が多く、私を受け入れてくれる人が居なくて、その原因は自分自身にあることぐらいは分かっていたから、自分の悪いところなんて知りたくないと思っていました。

しかし、この修養会でわかったことがあります。まず、自分を認めてあげること。

私がまず私を分かって愛してあげないと周りから愛をもらえないことを知りました。

性格的に良いところは認めるけれど、悪いところも含めて自分だと認めてあげることで、なんだか少し心が軽くなって次に進める気がしました。

 

j17_3174*「人が独りでいるのは良くない。」という言葉は確かにと思った反面、その後にあった金子神父様の話の中で、「孤独と向き合うことで、それが人間の価値をつくる。」というのがあったので、孤独になることも自分にとって必要なことだと思った。

自分はたくさんの関わりの中で生きている。

家族、友達、先生など、たくさんの人の支えで生きることができているのだと改めて実感した。

生きることは無条件に愛されることであり、「ありがとう」と言うだけの小さなことでも「愛する」ことなんだと分かった。

人間には誰かの愛が必要であり、それをお互いに求めている事も分かった。

「あなたは私の愛する子」とあるように、自分は独りではないし、たくさんの人に支えてもらって生きていることを忘れないで、これから過ごしていきたい。

そして、自分の弱さは責めるのではなく、認めることによって、日々の生活はもっと楽しくなると思った。

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 毎日の生活から離れ、非日常生活に身を置くことは人間にとって大切な時間であることを、生徒たちの感想から気づかされますね。

今年の高校生活入門セミナーの保護者コーナーで少しお話させていただきましたが、キーワードは「主体的」ですね。主体的に行事に参加したからこそ本人が気づきを得、次のステップの方向性や手段について考えることができます。

人生の主役は、誰でもない「わたし」です。

社会に振り回されて生きるのではなく「主体的」に生きることを学ぶ機会が、本校にはたくさん準備されていますね(笑)。

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深い喜び!

 学校を出発する時は雨に降られましたが、後の2日間はお天気にも恵まれ、規律のある1年生の修養会を無事終わることができました。

修養会を経験した先輩から修養会の印象を聞き、「行きたくない!」と思っていたり、スマホなし、お菓子なしで、これまで経験をしたことのない行事でイメージがつかず、「拘束されている、不自由」感で始まった修養会でした(笑)。

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 ところが修養会中、一人ひとりの笑顔が輝きはじめ、私自身にもみんなの喜びが伝わってきました。

IMG_0296実行委員会の時の生徒たちの感想を聞くと、

「スマホがないからすぐ寝れる。皆と話すのが楽しい。」

と非日常生活を楽しんで過ごしている感想を述べていました。

IMG_0518ある保護者が修養会後、

「これまで課外活動を終えて家に帰ってくると、つまらなかったと言っていましたが、修養会から帰ってきた時は、楽しかったと言っていました。」

と伝えてくださいました。

 

IMG_0231 修養会は、2回の講話を聴く機会と、グループワークをして自分と向き合う、中身の濃い3日間でした。

しかし、生徒たちの一つひとつのことに取り組む姿は、みんな前向きで本当に楽しんで取り組んでいました。

初日の夜のグループワークの後の振りかえりの分かち合いで、グループメンバーの良い点、助けられた点を相手に伝えている場面を見ていると、どの生徒の顔も「みんなの役に立ったんだ。」という満足感でいっぱいの笑みを浮かべていました。

IMG_0347だから、「私はここにいてもいいんだ。」と思える気持ちが持てたのかもしれませんね。

それが、修養会をより良いものへと作り上げるきっかけになっていたように思いました。

 

IMG_0197 止揚学園の福井先生は、脳に重い障害を持っている人たちとの関わり方から、相手に寄り添う事、相手のペースに合わせることの大切さを話してくださいました。

お話を聞きながら、私たちはついついスピード、便利さを追い求めるあまり、相手の心と出会っていないことに気づかされました。

 

IMG_0371 2日目の金子神父様のお話で、聖書の人間創造物語から「人が独りでいるのは良くない」の意味を話してくださいました。

私たちは「親密な交わり」を求める存在として創造されているから、小さい時は母親との交わり、小学校からは友人たちとの交わり、成長するにつれて社会との交わりと、その交わりの過程を指で、手で、腕で円を作りました。

そして、神父様は「その円の中心に何を入れるのか?」と質問されました。

その円の内側から神様は、「あなたは私の愛する子」と呼びかけている声があり、この声が私たちの生きる土台であると教えてくださいました。

夕食後のミサの終わりの祝福の時に、神父様は一人ひとりの生徒の頭に手を置いて、「あなたは私の愛する子」と言ってくださいました。

本当の人間として成長するために、この声を聴きながら生きていくことの大切さをお話してくださいました。

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 この3日間、生徒たちと様子を見ていると、これまで体験をしたことのない修養会で、心の深いところからしみじみと湧き上がってくる喜びを体験しているように感じました。

この喜びこそが私たちを本当の自由へと導くことができます。

修養会を終えた生徒たちの顔から優しさが溢れでていました。

生徒たち一人ひとりが本当の人間として成長していくようにと、神様にお祈りするだけですね。

本当に、いい修養会を体験させていただきました。感謝です。

 

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自分と向き合った結果

 修養会を終えて、新学期のよそよそしい関係から、お互いを知り合うことができ仲が深まった様子が感じられます。

これまで経験したことのない修養会で、各自自分と向き合わざるをえない環境に置かれ辛い部分もあったと思いますが、そのお陰で成長した自分を知った喜びが、感想文から伺えます。

その部分を抜粋して紹介いたします。

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*この修養会を通して、学年全体がぐんと成長できたと思います。自分自身、2日前にこの石川県に来た時とは表情や考えが変わったように感じます。

引っ込み思案で臆病な私が、一歩前に踏み出すきっかけとなりました。・・・今日帰ったら、喧嘩したままの母にちゃんと謝りたいです。

 

 

*この3日間でたくさんの人と話せて仲が深められて嬉しかったし、楽しかったです。

スマホがないおかげで、皆で座って雑談ができたり、友達の新たな一面を見ることができて本当に良かったです。

j15_3169私は言葉遣いが汚かったり、考え方が最悪だったけれど、福井先生や松本神父様のお話を聴いて、言葉遣いは気をつけて直したり、考え方はもっとポジティブに考えるように気をつけようと思いました。

・・・グループワークでも、中学ではできなかった自分の意見を人に伝えるということが、その時にできて、「こんな自分でも、できるんだ~」と思った瞬間でした。

 

 

*私が修養会を通して成長したところは、まだ少しですが、「自分」について考えられるようになったところです。

j17_3174私は慣れている人となら素で話せるのですが、人見知りをしてしまいあまり関わりのない人とは、本当にあまり話すことができないのですが、前までそんな自分が嫌でした。

ですが、松本神父様の話を聴き、それも自分なんだということに気づくことができました。

でも、そんな自分の殻を自分で破っていかないと本当に変わらないので、それが自分と認めたうえで、どんどん自分の中にある殻を破っていこうと思いました。

 

 

*私はこの修養会で“私”についてよく知り、よく考え、これからの人生で“私”とどうやってつき合っていけばいいかが、少し分かったような気がします。

お話を聞くうちに“私はこんな時に、こういうことをしてしまう。

だから、こんな風にすればいいのかな?”ということを考えました。その考えたことを忘れずに、これからの生活に活かしたいです。

 

 

*この修養会の中で私は何回も「自分壊し」をすることができました。

まず、止揚学園の福井先生の話では命の温かさについて教えて頂きました。

j18_3176命は一人ひとりに神様からいただいたもので、今まで私は自分自身のことが嫌いで宇宙一嫌いで、自分に存在価値はない、自分なんてゴミ以下だ、死にたいと思っていたけれど、神様の最高のプレゼントを大切にしようと心から思えるようになりました。

・・・    様のお話はどの言葉も心に響きました。

「誰でもない自分をしっかり生きていこう」と心から思えるように、自分壊し→自分作りを繰り返していこうと思います。

命からの宿題「私は誰?」にしっかり答えることができるように3年間、高校生と言う自覚をもって自分探しをしていきたいです。

 

 

*この修養会で自分の中で成長したと思える点は、少しゆとりを持てるようになったこと。

j35_3620それは、いつも私は友達と喧嘩したらLINEで話すことが多く、

“ごめん”の一言だけだったけれど、携帯がなく友達と少しもめた時、自然と“〇〇でごめんね”

って言えて、相手の顔が見えるから、こっちも安心してしゃべれて、修養会前はすぐ何か言われると怒り口調になっちゃってたけれど、今はなんだか少し大人になったように普通にしゃべれるようになった。

 

 

*今、生きている人たちは、誰かのお世話になって今があること。

私は改めて命のお話を聞いて、自分が産まれた時に見守ってくれた医者や看護師、家族に感謝したいと思った。

特に、お母さんは自分がお腹にいた時からずっと今まで育ててくれたので「ありがとう」を言いたいし、「これからもよろしくね」と言いたい。この3日間で「今の私」を見つけられた気がした。

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修養会後の最初の授業で、「自分の殻を破ったことを書きなさい。」と言う授業をしました。

各自修養会の自分を見つめながら、せっせとノートに書き出していました。

「その書き出した自分に、今の自分から声をかけてあげてね。」と言ったら、各自修養会の自分を労わる言葉をかけていました。

この作業によって、自分を大切にしてあげる方法も知ったのではないかと思いました。

 

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自分と向き合える勇気!

  6月7日~9日、1年生の修養会が行われました。

今年は、石川県まで足を延ばしました。

1年生にとっては初めての校外での活動。期待と不安以上に、「修養会」という行事に「?」マークが大きかったと思いました。

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 止揚学園の園長福井生(いくる)先生は、幼い時から脳に重い障害を持った人たち(止揚学園の人たち)と生活をした体験から気づいたことをお話してくださいました。

競争することが大事なことではなく、みんなで一緒にすることの大切さs_0128

障害の有無に関係なく、相手に希望を与える言葉を言うこと

心と心は繋がり、2つの心からみんなの心が繋がる

同じいのちが与えられ、それが繋がっていることを具体的な場面を通して私たちに伝えてくださいました。

止揚学園で作られた歌を、西竹先生が歌ってくださり、優しい歌詞の意味に心が癒されたように感じました。

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 もう一人の講師、松本神父様から「自分壊し」のお話を伺いました。

s_0488人生で自分壊しは3回あり、1回目は母親の体から離れこの世界に誕生した時、2回目は、3歳頃保育園に行き始める時の母子分離、3回目は思春期の「今」。

今が自分壊しの時であることを具体的にお話してくださいました。

自分を壊さないと新しい自分が作れません。

神父様のお話から、これからの自分壊しの仕方を学び、自分を新しく作り変えていく希望を持つことができたのではないかと思いました。

そして、人生で与えられている課題、「私は誰?」の答えを見つけていくためにも、「選ぶことは、捨てること」を心にとめていくことで幸せになれることを学ばせてもらった貴重な時間でした。

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 この3日間の修養会で皆と関わりをもって生活ができたからこそ、自分のこと友人のことを理解できる機会が多く与えられたと思います。

人間は自分を正当化させるために、他者を非難する傾向があります。

そんな人間の弱さについても考えることができ、今後「どのような自分になっていきたいのか」、自分と向き合えた貴重な3日間になりました。

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 全てのことに、意味がありますね!

この経験を生かして、しっかりと思春期を乗り越えていって欲しいと祈るばかりです。

 

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