創立記念日|聖カピタニオ女子高等学校|豊かな人間性を持つために

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一粒の麦,海を越えて

 5月12日(金)は本校創立54年を迎え、全校生徒、保護者、卒業生でお祝いをしました。

1部は「みことばの祭儀」、2部は昨年インド体験学習に参加した生徒たちによる報告会が行われました。

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 「みことばの祭儀」を司式してくださったのは、春日井教会主任司祭北向修一神父様です。

 

「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、一粒のままである。死ねば、多くの実を結ぶ。」

(ヨハネ福音書12章24~26節)

の、み言葉を次のように話してくださいました。(抜粋)

 

 「愛のない人生、花や実のつかない木のようなもの。」

(カリール・ジブラン)

DSC_0048 木は、食べられる実をつけるのが最高で、食べられない実をつけるものなら、せめて花が美しいのがいい。

花すら咲かない木もたくさんあり、だからといって存在価値がないわけではないが、やはり人間から見ると、それは「寂しい」ということになります。

愛する人はいなくても生きられなくはないが、やはり愛する人と共に生きる幸福感は、豊かな人生にとって不可欠なものであるという意味です。

今日の聖書の箇所に出てくる麦は、神様が私たちに教えてくれる豊かな人生のたとえです。

 

DSC_1105 現在の私たちにとっても一粒の麦とは、人間を生かすパンのもとになっています。

こんな小さな一粒の麦でさえ、たくさんの人を養い育てる力を持っているのです。

それならば神様がお創りになった人間にどれほどの可能性があるのでしょうか。

私たちは皆この地上に蒔かれた一粒の麦、自分の為だけに人生を使えば孤独なだけですが、隣人のために使えば大きな実を結ぶのです。

自分の殻を破って勇気を出して行ったことが、思わぬ結果を生むことがあります。

 

DSC_1104 本校の修道会の創立者であるバルトロメアとジェローザは病気の人、刑務所にいる人など社会から疎外されている人たちに、自分ができる小さなことを誠実に愛の心を持って接していました。

弱い人、小さな人と寄り添いたいというその意志は海を越えてこの日本の地にまで及び、この聖カピタニオ女子高等学校においてたくさんの女子生徒にカリタ(神の愛)の精神を伝えています。

一粒の麦のように小さなことでも役に立ちたいという私たちの気持ちが、愛する心を育み、私たちの成長の中で、また隣人の中で豊かな実を結ぶのです。

 

 

 北向神父様は、「一粒の麦」の生き方を具体的にお話をしてくださいました。

DSC_0019聖書に「私たちは神の似姿に創られている。」と書かれています。

私たちは一人で生きていけません。「共に生きる」ように神様は、私たちをお創りになりました。

人との関わりが希薄になっている現代、神様は創立記念日を通して「共に生きる喜び」を味わうように呼びかけておられるような気がしました。

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一粒の麦が地に落ちて

P5120031    今年の本校の創立記念日は、5月13日(金)に行ないました。第一部、瀬戸教会主任司祭インマヌエル・ビン神父様によるみ言葉の祭儀が執り行われました。

 第二部は、3月にイタリア研修旅行に参加した生徒たちからの報告が行われました。

 

 この日は、保護者の方々、卒業生、旧職員の先生が参加して祝ってくださり、生徒たちにとっても励みになったと思います。毎年合唱する「La Carità」の歌声は、聴く人たちに感動を与え、心を清めてくれます。

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 み言葉の祭儀の中で、理事長Sr.フランチェスカは次のようにお話をしてくださいました。

P5120035 「カトリック教会は今年“いつくしみの大聖年”をお祝いしています。聖バルトロメア・カピタニオの生活の基礎になっていたのは、この“いつくしみ”です。

 彼女は神の愛を体験し、人々にその愛を注ぎました。そして、修道会の会員に“いつくしみの業”を行うように伝えました。

 “いつくしみ”という言葉を言いかえれば、隣人愛、思いやり、奉仕、親切、憐れみ、ゆるし等です。いつくしみの実践の場は、家庭から始まります。

 聖バルトロメア・カピタニオの父親は、酒乱で暴れ家族を困らせていましたし、妹も気が強く我儘な性格でした。

 そのような家族に対して、彼女は父の弱さを理解し父親の傍に寄り添ったりして、置かれている家庭の中で毎日実践的な愛の業を行いました。

 また、病気の人を看病したり、刑務所に収容されている人たちに慰めの言葉をかけに行ったりしていました。

P5120025 このような愛の実践を行うために彼女はいつも神に、「あなたからいただいた命、健康、才能、目、手、足全て、人に役立つように努めます。」と神のいつくしみで人々に接することができるようにと祈っていました。

 私たちも実践的な愛を生きるように呼ばれています。」

 

 

 創立記念のお祝いが終わった後、ある教員が保護者の方から、次のようなことを聞いたと報告してくださいました。

「娘はこの学校に入学させてもらい、1ケ月しかたっていませんが、本当に変わってきました。挨拶を言えるようになってきたのです。

 “お弁当がおいしかった!ありがとう。”とか、朝“おはよう!”と挨拶をしてくれるようになったのです。」この生徒も、聖バルトロメア・カピタニオの生き方を家庭で実践していると思うと、まさしく一粒の麦がまかれて実を結んでいますね!

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 当日、聖カピタニオに捧げられたお花は、私たちの生活を支えてくださっている市役所・警察署・消防署・最寄駅等や中学校に感謝の気持ちと一緒に届けさせていただきました。

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聖バルトロメア・カピタニオへの祈り

 今年も5月14日(木)に、第52回創立記念日を無事迎えることができました。外の暑さとは裏腹に、会場のカリタスホームの中は爽やかな風が式に参列している人たちの心の中を駆け巡っているように感じました。それは、1803年北イタリアのローベレで誕生した聖バルトロメア・カピタニオが神の愛に忠実に応えた聖霊の働きが、私たち一人ひとりの心にも語りかけているように感じられました。全校生徒たちと保護者の方々、卒業生、来賓の方々と心を合わせて感謝と世界の平和のためにお祈りいたしました。この祈りを必ず神様が聞き入れてくださり、人々の心を愛の心に変えてくださることでしょう。

 み言葉の祭儀の中で祈られた共同祈願を紹介いたします。

*わたしがここ聖カピタニオ女子高等学校で学んだことは、勉強をとおして「人を思いやること」「どんなことにも挑戦すること」「女性としての強さ」など多くの大切なことを学びました。しかし、この地球上には学びたくても学べない人が、学校に通いたくても通えない子どもたちが、「女」だからと言う理由だけで学ぶ権利を奪われてしまう女性が大勢いることを知っています。私たちがこうして学校に通い学ぶことができることは決して当たり前のことではありません。どうか世界中の子供たちが自由に学ぶことができ、知識を身に着け、喜びや勇気、希望をもって生きていけますように。(生徒会長)

*カピタニオに入学して二回目の全校朝礼で、「当たり前を当たり前に」というお話をききました。そのことを考えなおしてみると、普通に学校に通えること。ご飯が食べられること。家に帰ると家族が待っていること。どれもがそうであると分かります。しかし、東日本大震災や四月に起きたネパールでの地震での被害をみると、当たり前を当たり前だと思ってはいけないと思いました。今日自分が過ごしている環境がとても幸せなことだとカピタニオに入学して改めて実感することができました。私はカピタニオで与えられた時間を、新しく出会えた人たちと一日一日大切に過ごしていきたいです。カピタニオでしっかり学び自信をもって社会に出ていきたいです。私たちが自分自身を誇れる人間になれるよう何事にも努力する力とみんなを愛する力をお与えください。(1年生代表)

*カピタニオ生となって、慣れなかった祈りも今ではさまざまな思いを込めて祈るようになりました。それは、「あなたが何気なく生きた一日は、昨日亡くなった人が生きたかった一日だということ」と言う言葉に出会ったとき、私の心に強く刻まれたからです。世界では宗教や民族間での紛争、領土をめぐる対立など目を覆いたくなるような争いが増し、また大規模な自然災害や環境破壊によって多くの尊い命が奪われています。このような世界の中で私たちはカピタニオの精神に生かされ、命を愛おしみ、人々に愛を持って奉仕できる人間に成長できるよう、一日一日を大切に過ごせますように。(2年生代表)

*聖女バルトロメ・カピタニオは決して恵まれた環境の中で育ったわけではありませんが、神様から与えられた才能と優しさで、様々な人々を救いました。子ども、病人、老人、貧しい人、特に危険に身をさらされている女性たちに、救いの為に手を差し伸べました。自分自身の命が短いと分かっていても自分のことを顧みず必要としている人々を大切にし、聖人への道を歩まれました。私たちも宗教の時間で学んだ愛の実践を通して、周りの人々を大切にし、思いやりをもって生きていくことができますように。(3年生代表)

 この祈願文に表現されているように、生徒たちは聖バルトロメア・カピタニオに出会い、聖女の思いを受け止め、自分自身に問いかけながら生きている様子が伝わってきました。彼女たちの生き方が出会う人々に神の愛をもたらし、人々を幸せにすることでしょう。

 

 

 

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愛の軌跡

風薫る5月。さわやかな風が吹いていた5月14日(水)、第51回創立記念日をお祝いいたしました。

1806年、北イタリアのベルガモ県ローベレで誕生した聖バルトロメア・カピタニオ。聖女の生誕地を3月下旬、生徒たちと訪れました。ミラノからバスで約1時間半のところにあるローベレの街。山あいをぬって走っていくと突然視界が広がり、目の前に美しいイゼオ湖が見えてきます。私自身ここを最初に訪れたのは、1983年でした。それからたびたび訪れていますが、町並みはほとんどそのままです。聖女たちが生きていた頃から、そんなに変化はしていないように感じます。もちろん家は増築されていますが・・・・。

聖女たちの記念聖堂を出て、聖女たちの生家を訪問し、その後毎日祈りに通っていた教会、カピタニオが6年間勉強していた聖クララ修道院、当時の病院や刑務所跡を巡りながら、この石畳をカピタニオは何を考え歩いていたのかと、カピタニオの事を考えていました。生徒たちも同じことを、考えながら歩いていたようです。生徒たちにとって、カピタニオは自分たちと関係のない遠い存在でした。ところが、こうしてローベレの街を歩きながら、彼女が自分たちと同じように、自分中心で生きようとしている弱さと闘ったことや、葛藤しながら生きていたことがわかり、とても身近に感じ始めていました。そして、自分から逃げないで自分と向き合いながら生きていった姿勢から、生徒たちはこれからの生き方を学んだようです。

幼い時から神様から愛されていることを強く感じていたカピタニオ。その愛に応えるために、カピタニオは病気の人、刑務所にいる人、危険な道に行きそうな少女たち、孤独な人たちのために、自分にできることを誠実に愛の心を持って行いました。それは「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」(マタイ福音書25章40節)の、み言葉を生きた方でした。その生き方をカピタニオに望まれたのは、神様です。その証拠に、1832年に創立された「幼きマリア修道会」は今も全世界20か国の地で、約4,300人のシスターたちが愛の奉仕をしています。そして、その生きた精神は、本校で学んでいる生徒たちにも受け継がれ、愛の実践が社会の至る所で行われています。

「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」(ヨハネ福音書12章24節)。私たちも自分のわがままな声に従って生きるのではなく、神様の声である良心の声に従っていけば、愛の実を神様が結ばせてくださるでしょう。そのことを考えた、今年の創立記念日でした。

 

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生徒の想いは・・・。

創立50周年記念式典も無事終え、先週は中間テストが行われました。テスト期間中の私の仕事は、生徒たちの宗教のノートを読みコメントを書くことです。ノートに書かれている感想を読むと、初めて宗教という授業を受けた戸惑いや安心感を持った様子が伝わってきました。聖書を読み、お話をただひたすら聞く授業と思っていたのと違っていた、という思いでした。生徒たちの創立記念日に参加した感想をお伝えします。

 

入学間もない1年生は、式典で合唱するイタリア語の「ラ・カリタ」を覚えることから始まりました。約1か月で聖歌やミサ曲を歌いこまなければならず、音楽科の教員は時間を見つけて一生懸命に指導していました。その熱意が生徒たちに伝わり、疲れた様子を見せず一生懸命に練習している姿を見て、私は式典の当日、素晴らしい合唱が聴けると確信しました。生徒たちも当日の2年生、3年生、聖歌隊の美しい歌声を聴き、その歌声に合わせて今まで以上に歌いきった達成感で、これまでの練習の疲れが報われたと感想を述べていました。

 

また、感謝ミサに与かるのも初めての体験。ローマ教皇庁大司教様や名古屋教区の司教様の姿を見て圧倒されていました。会場の人たちが心を合わせて祈る素晴らしさ、会場が愛に包まれた瞬間だと感じたそうです。生徒にとってミサは外国の祈り方というイメージを持っていたらしく、会場には外国の方々の姿も見られたり、挨拶の仕方も外国式だったので、日本にいながら外国にいる感じを受けたそうです(笑)。本校に入学したから味わえた体験だと満足し、50周年の節目に入学できたことを感謝していました。

 

創立記念日を祝った後、中学校へお花を届けに生徒たちは出かけていきました。中学校の先生方に暖かく迎えていただき、生徒たちは高校の様子を話し感謝の気持ちをきちんと伝えることができました。中学時代の自分とお別れできた生徒もいれば中学時代に戻りたくなった生徒もいました。中学の先生方から「大人っぽくなったね。応援しているよ。」と言われ、愛情をかけてもらっている自分の存在と中学校のよさを再発見できた日になりました。

 

 

 

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