挨拶|聖カピタニオ女子高等学校|豊かな人間性を持つために

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心に愛を注いだ修養会

2013年度修養会は、台風3号の接近が心配されましたが、学年主任の高山先生の3つのてるてる坊主のおかげで、6月12日?14日の3日間お天気に恵まれ、無事終わることができました。生徒たちと教員が心を一つにして、共に作り上げた修養会になりました。

その様子を、的確な言葉でみんなの前で話した実行委員長、副委員長の挨拶文を引用することでお伝えします。

 

 

【開会式での副実行委員長の挨拶】抜粋

修養会の目的は「カピタニオ生になる」ことです。良いお話を聞き、心の中に眠っている良いものに気づく。「私のこころ」と向かい、自分について考える機会を持ち、「今の私」に気づく。お互いに尊敬と思いやりを持って接することの大切さに気づく。私たちは大抵、携帯やテレビなど物が当たり前にあり、自由に過ごせるという日常の生活を過ごしています。携帯やテレビなど生活には絶対必要だと思い込んでいるものから離れ、非日常の中に目を置き、本当に必要なものと出会うのが修養会です。修養会は今の自分と向き合える絶好のチャンスです。この機会を無駄にすることなく将来にもつなげられるように一人ひとり頑張っていきましょう。・・・一人ひとりの意識を大切にし、良い修養会になるように頑張りましょう。そして、ここにいる全員が少しでも一粒の麦のような生き方ができるように、みんなでお祈りしましょう。・・・・

 

【閉会式での実行委員長の挨拶】抜粋

皆さんは、この修養会でどんなことを学び感じることができましたか。私は学んだことの中から二つのことを話します。一つ目は、自分の意見を持ち仲間と協力することの大切さです。これは、初日のグループワークから学びました。意見をまとめてくれる子や、みんなを笑わせてくれる子がいてくれたから、とても良い雰囲気で取り組むことができました。二つ目は、互いに思いやりを持つことの大切さです。これは、止揚学園の福井先生と西神父様のお話から学びました。私も目に見えていることだけでなく、目に見えないことも見ることができるようにして、思いやりの心が持てる人間になっていきたいと思います。・・・・皆さんも修養会で学んだ様々なことを活かし、愛と思いやりの心を持てるカピタニオ生になりましょう。・・・・

 

 

規律があり、生徒たちの笑顔、笑い声があり、私自身もゆったりとした修養会を過ごすことができました。携帯、テレビなしの非日常の生活から、生徒たちは人と関わることの楽しさを体験した事でしょう。修養会に出かける1年生を見送っていた2年生の生徒と交わした言葉、「修養会に行きたい。」「どうして?」「だって、いいお話が聞けるもん」。生徒の心に「良い話」の基準ができていることに喜びを感じ、生徒たちの長い人生の心の基盤をつくる一つの要因に修養会がなっていることを確信した瞬間でした。

 

 

 

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思いやりの心を形に!

平成24年度がスタートし、約1か月が過ぎました。

入学式で新入生代表の生徒が、「本校に入学できた喜びと期待をもち、社会に貢献できる自立した女性になるように学校で学べる自分の存在」に気づく一方、東北の被災者の方々が一日も早く元の生活に戻ることができるようにと、復興のための祈りも忘れない内容の誓いの言葉を述べていました。

新1年生を迎え、また新しい本校の歴史が始まりました。

2年生、3年生のウマニタス(総合的学習)の授業は、毎年マナー実習から始まります。玄関の上がり方、職員室での挨拶、礼の仕方、先生に対する言葉遣いの実習を行い、生徒同士でお互いに採点し合います。1年生の実習は、これからです。

3年生は2年間学んだおかげで、玄関の上がり方の説明をしなくてもスリッパの履き方、靴の揃え方は自然にできるようになっていました。また、それに加えて、応接室のマナーと実際に敬語の使い方(DVDも使用)を学びました。生徒の感想を抜粋し、紹介します。

 

  • 言葉遣いによって、相手に与える印象がだいぶ違うことがわかりました。私は自分で敬語を使える方だと思っていますが、もう一度自分の敬語、話し方を見直したいと思います。
  • 敬語が話せないと、相手に不愉快な感じを与えてしまうし、聞いていても違和感を感じる。敬語が話せる、話せないだけで、こんなにも差が出るのを見て驚いた。社会に出て恥をかかないように、今のうちからしっかりと身につけておくことが大切だと思った。
  • 「若い人はマナーがなっていない」とよく聞くことがありますが、大人でもできていないと思うことがよくあります。DVDで新米社員とベテラン社員の話し方、態度を比較し、ベテラン社員の話し方は聞いていて気持ちがよかったです。
  • 敬語が使えると、会社の中でもきちんとやっていけそうな気がします。今まで敬語を使っていなかったので、DVDを見て、改めて学ばないといけないと感じました。できるとできないのでは明らかに違い、できる人の方が周りの人から認めてくれると思います。
  • 敬語が使えないだけで、なんだか頼りなく見えたり、礼儀がなっていないようで失礼に思えてしまい、言葉遣いだけで、人の印象も変わることに気づきました。相手を不快に感じさせないようにするためにも、マナーは大切だと思いました。
  • 最近、私は生活委員の活動で「あいさつ」をすることが多いのですが、やっぱり元気よく挨拶をしてもらうと凄く嬉しいです。「あいさつ」は、やっぱり全ての基本であることを実感しました。
  • 会社に入るとマナーがとても必要とされることがすごくわかったので、早いうちに正しく身につけたい。ウマニタスのマナー実習を通して、相手を思いやるとお互いに良いコミュニケーションが取れると思った。
  • 時と場合に応じて、言葉を変えることが大切だと思った。やはり友達同士の会話と違い、目上の方には丁寧に、分かりやすく、はっきりと話すことが一番だと思った。私も普段から先生と話すとき、敬語で話していき、社会に出て恥ずかしくない自分になりたいと思った。
  • 仕事での実績を残すことよりも先に、人として受け入れてもらうことが働く上で大切なんだと気づいた。人として関わっていく中で、言葉遣いは必要最低限だと思うので、しっかり気を配りたいと思った。

 

1年次から何気なく行っていたマナー実習によって、「マナーは、人に対する思いやりの気持ち」であることを実感し、人として身につける必要性に気づくのは、やはり3年生ですね。

 

このお花は、カピタニオガーデンに植えられた「フランネル フラワー」です。

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ウマニタスが教えてくれたこと

2o12年が皆さん一人ひとりの心に「希望」をもたらし、新たな一歩を踏み始められたことでしょう。

私がブログを始めて2か月になります。慣れない私がブログを始めたのは、学校が行なっている教育を具体的に皆さんにお伝えすることと卒業生の皆さんに本校で受けた教育を思い出し、各自に与えられている人生の道をまっすぐに歩く助けにもなればと思ったからです。今年もよろしくお願いいたします。

本校独自の教科に、ウマニタス(総合学習+女性学)と宗教の授業があります。今回はウマニタスの授業について、紹介したいと思います。

ウマニタスとは、もともと人間性や人間らしさという意味のラテン語です。この教科は、マナー、ジェンダー、性の学習、女性史を4つの柱としています。入学してすぐの授業では、挨拶やお辞儀の仕方を学びますが、生徒たちにとって”当たり前”のことをわざわざ学ぶことに首をかしげています。しかし、3年間を通じて女性として、人間としての生き方を考え学び合うことによって、生徒たち一人ひとりは自分に自信をもって卒業の日を迎えています。

今回は、生徒たちの感想を抜粋して紹介したいと思います。

*高校3年間という大切な時期に、ウマニタスを学ぶことができてよかったと思います。お辞儀には三種類あって、それぞれの状況に応じて使い分けなくてはならないことやマナー実践(玄関の上がり方・靴の揃え方)を毎年学ぶことによって自信が持てるようになりました。

*3年間ウマニタスを学んで一番私が思い出に残るのは、マナーの授業です。挨拶、敬語の使い方、お辞儀の角度など最初は面倒だと思っていたことも、これから社会に出るにあたって一番役に立つことを教えてもらいました。人と話し合ったりすることが苦手だった私が、今では普通にみんなの輪に入れるのも、この授業のおかげかなと思っています。

*2年生の時に仲間と一緒に調べ学習をし、みんなの前で発表をし、学年で一番良い成績をおさめることができました。他のグループの意見や考えを聞き、「そんな考え方があるんだ!」と新しい知識を得ると、また別の「新しい考え方を知る」ということができます。みんな丁寧にまとめあげたものを発表するので、とても楽しかったです。

*新聞発表のために記事を探したけれど、自分が発表しない時も新聞を読んで、女性に関係する記事が目に入るようになった。

*“ジェンダーとは何か”“性同一性障害”“女性の生き方”とか“性”に関することをたくさん学んで、女性らしさや女性に生まれたことの素晴らしさ知ったとともに、今昔の女性ゆえの立場や制度に悩まされて生きていく難しさも知った。だけど、授業や新聞発表を通じて感じたことは女性がパワフルであること、楽しんで今を生きている人がたくさんいるということ。これから先、「女性だから?」とか性が原因で問題にぶつかることもあるかもしれない。その時は、ウマニタスで学んだ女性の生き方を思い出して前向きに進んでいきたいと思う。

*女性について学んだことは、イコール自分のことであり、生きていくうえで嫌でも意識しなくてはならない部分である。ウマニタスでは様々なことを通して、一つのカテゴリーとしての自分を客観的に見つめる機会があってよかったと思う。

*この授業を通じて、自分を客観的に見つめなおしたことで、自分の善いところ悪いところに気づくことができました。自分の性格をよく理解できたことが、友人や他人を理解し、受け入れるということにつながりました。高校3年生になった今、他人と自分との違いを感じても、違和感を感じることなく受け入れられるし、十人十色という言葉があるように人それぞれ違う方が味があってよいのだとひしひしと感じられるようになりました。

*女性学を学んで世の中には女性という「性」の問題で苦しんだ人もいれば、女性という「性」を生かし生き生きと輝かしい人生を送っていらっしゃる方もいることを知って、「性」って何だろうと考えるきっかけになりました。今では、女性差別は少なくなったけれど、まだまだ「性」に関する問題は世の中にたくさんあると思っています。だから、私はこれからの人生を歩んでいくうえで、自分の考えだけにこだわったりするのではなく、広い視野を持って判断できる女性になりたいと思いました。

*将来がある私たちには、過去を学ぶ義務があります。自分自身のこと、自分の国のこと、世界のことについて視野を広げて、全体の中から客観的にものを見ることも時には大切です。それを踏まえて、自分がどうあるべきかということを考えて自分で自分の人生を作り出すことができるからです。自分の意見を表すことによって他者からの理解や意見をもらい、自分の姿が作り出されると思います。

次回は、宗教の授業について紹介いたします。

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