2010年2月|聖カピタニオ女子高等学校|Misiion C26 ブログ

「2010年02月」の記事

またも早稲田大学合格

昨日、またも早稲田大学に2名合格しました。これで今年度の合格者は合計4名となりました。日本最難関への相次ぐ合格は、後輩への大きな勇気となります。

合格者はみな、本校主催の早稲田大学の大学見学ツアーに参加し、意欲を高めてきました。
1,2年生の皆さんも大きな夢をもって、何事にも積極的に参加し、努力を惜しまず、先輩に続きましょう。

自分の未来は、自分の努力によって切り開けます。
教員も全力で応援します。

合格者のみなさん、本当におめでとう!

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キャリア教育  ? 限界を設けない ?

今日は有給をいただいて、幼稚園のわが子の、最後の授業参観に行ってきました。そこで、驚くべき光景を目にしました。、大げさな出だしですが、それは跳び箱なんです。

僕が小学生の頃、跳び箱といえば8段がもっとも高くなった状態であり、それでも跳べない子が何人かはいました。
ところが、6歳の幼稚園児が一番下で7段、もっとも上手に飛ぶ園児は11段を跳んでいるのです。もちろん子供からみたら、自分の身長よりはるかに高さがあり、大人から見て到底跳べるとは思えません。
しかし、8段、9段程度はほとんどの6歳児が(もちろん女の子も・・)、軽々と跳んでいるのです。
その光景は、すごいの一言であり、まさに衝撃的でした。

本校は今年、早稲田大学に合格者を出すことができました。ほんの3,4年前、そんなことを校内でいえば、あり得ないと思われたものです。まさに6歳の子供に、11段の跳び箱なんて跳べるわけがないと思うのと、同じ状態です。
しかし、その早稲田大学なんかに受かるわけがないという限界は、大人が勝手に思うものであり、実は何の根拠もないことではないでしょうか。

教員が、「あの生徒には無理」と思い込んでいたり、親が「うちの子には無理」と決めつけているだけで、結果として作ってしまった限界は、その子供の可能性をかえって低くしているのではないでしょうか。

本校は、人間性はもちろん、スポーツ、勉強分野、そのほかあらゆる分野で生徒を伸ばすのが使命です。まさにカトリック教育のミッションです。
しかし、たとえば、学習面で生徒を伸ばせなかったときに、「あの子の能力には限界があるから」と、もし考えてしまえば、それは使命を果たせなかったことになります。

我々教員は、生徒にはあらゆる可能性があるという前提で、生徒の限界を設けず、少しでも生徒の力を伸ばしていかなければと思うと同時に、保護者の方にも、子供の限界を設けず、なにがきっかけで変わるかわからないと考え、あらゆる刺激の機会を共有し、子供たちの無限の可能性を開花させて欲しいと思います。

幼稚園児たちの跳び箱を見て、そんなことを思いました。

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キャリア教育  ? すべての物事には基礎があり、それを積み重ねた上に個性がある ?

個性の重視、、、、これは近年、正しいこととして語られます。もちろん個性は大事です。しかし、その風潮のなかで、物事には必ず基礎があることを忘れられているような気がします。

本校では、毎週木曜日に全学年での朝の集会を行っています。真冬の息が白くなるような極寒の日でも、かかさず集会を行います。
当然、ときには我慢を強いるときもあります。集会の最中は私語はもちろん許されませんし、きちんと正面を向いて話を聞いていなければ、すぐに教員に注意されます。そこでは全員が同じ行動をしなければなりませんから、個性は許されません。

そのような本校の朝礼ですが、今朝の朝礼は集合が非常に悪くなってしました。時間までに集まれない生徒がかなりの数がいました。当然のごとく生徒指導部長から厳しい内容の話があり、急遽、帰りに集会のやり直しになりました。
結果は、全員が時間までにきちんと集まり、秩序あるきちんとした集会を行うことができました。

校内で個性を発揮することは素晴らしいことです。自己主張することもいいでしょう。しかし、まずは基礎的なルールを守り、基本的な常識を学んだ上でのことだと思います。
タイトルのように物事には基礎があります。それは、普遍的なモラルでありルールを順守するという精神です。それができてこそ、個性を発揮できるのであり、また将来の夢をしっかりと持つことができ、自主的に学習にも取り組むことができます。

自由きままなのは決して個性ではありません。本校では自主性に任すといった美辞麗句で、生徒を放置しません。
それが本校の「ひとりひとりを大切に」であり、その先に本当の個性が待っていると思います。

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サッカー部と日本体育大学合格

今日は、日本体育大学に2人目の合格者を出すことができました。
この2名は、両名ともサッカー部の所属であり、学習成績も大変優秀なふたりです。

本校のサッカー部は県内では無敵であり、今年度は全国大会に初出場しました。その部員が日本有数の体育大学に合格します。昨年度は同じサッカー部の部員が筑波大学に合格しています。

このように、本校のサッカー部は、在学中だけでなく、卒業後も大いに活躍の場を広げています。
サッカー部の活躍はまさに文武両道であり、本校の誇りです。

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キャリア教育  ? 幼児教育と母親の役割 増える「労」?

近年、幼児教育の内容が大きく変化し、最近では横峯式などが大きな話題となっています。幼児からキャリア教育をする必要性が高まっていると思います。

本校に入学してくる生徒も、以前に比べ非常に多彩な体験をすでにしている生徒が増えています。入学試験の面接などで尋ねても、すでに10カ国以上の国を訪問している生徒などがいて驚かされます。自分などは初めて海外を訪れたのは20代の後半でしたから、いまの子供たちとのは雲泥の差を感じます。
また、小学校入学前から読み書き、計算などのができる子供は、むしろ普通になっています。6歳程度であれば、ほぼ全員がひらがなの読み書きはできるでしょう。

こういった環境で育った子供たちが、本校へも入学してきます。その時に思うことが一つあります。
それは「母親の役割」ということです。母親は、子供に様々な体験をさせていると思いますが、その体験をどのようにさせているかで非常に結果が違ってくると思います。

自分がもっとも重要だと思うことは、母親が子供と一緒にその体験を共有しているかということです。もちろん、幼児ですから、海外に行くときは親が一緒に行きます。しかし、勉強はどうでしょうか。子供が勉強するときに、一緒に時間を共有しているでしょうか。

例えば、2つの例をあげます。

子供を有名幼児教室に入れている場合です。
金銭的には負担ですが、子供は有効なプログラムで教えてもらえるでしょう。幼児教室で出された宿題のみは、自宅で親が一緒に取り組むでしょう。

家庭で学習教材をする場合です。
当然、すべての内容を親が一緒にやらざるを得ません。しかも、親にとっては時間を取られ「労」がかかります。

どちらも、それぞれの長所があると思います。決定的に違うのは、親が時間を共有している長さの違いです。

自分が思う(あくまで個人的意見です)究極の共有は、子供の教材を母親が手作りし、一緒に横に並んで取り組み、一緒に満点をとってあげることです。易しい問題でいいのです。市販されているものの単なる写しでもいいとも思います。母親が作ったものを、母親が娘と一緒に取り組むことが最高の時間の共有だと思います。同時にそこには手作りの「愛情」が注がれます。

幼児教育の読み書きを習うときから、すでに勉強モード全開で、はたして子供にとってよきキャリア教育などでしょうか。
読み書きを幼児から習うことはいいことだと思います。しかしそれは勉強ではなく、親子が時間を共有する育児の時間であるべきです。そうすることが、かえって勉強の楽しさに対する壁をなくし、達成の喜びも親子で共有でき、結果として勉強への意欲を生むのではないでしょうか。

こうして考えると、親でも教員でも、キャリア教育とは、実は「労」が増えるのです。ただその「労」を、「労」と思うかそうでないかは、愛情で十分補えるものです。真のキャリア教育は、この愛情をベースにしか成り立たないと思います。

本校には、その「労」をまったく「労」と思わない素晴らしい教員がたくさんいます。朝の7時前から生徒とともに補習をする教員、休みもほとんどなく受験指導のため休日出勤を続ける教員、何人もの個人指導を抱えていても愚痴一つこぼさない教員、毎日9時まで次の日の教材準備に力を注ぐ教員、ほとんどの土日を返上し、部活指導に邁進する教員、行事ごとに妥協のない準備し、生徒に最高の経験をさせたいと常に考える教員・・・・このような気持ちをもった教員があってこそのキャリア教育です。

この本校の宝ともいえる素晴らしい仲間達と、今後も「労」を、楽しんでいきたいと思います。

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