|聖カピタニオ女子高等学校|校長ブログ

一学期終業式

出勤してみると(7:40)カリタスホームはすでに気温35度を超え危険な状態。生徒の健康を第一に考え、急きょ終業式は各教室で行うこととしました。式内での校長のお話を掲載いたします。

 おはようございます。このところ毎年のように、予想をはるかに超えた異常気象という報道がなされます。ここ数日来の強い日差しと最高気温の更新、熱帯夜に悩まされています。一昨年の九州地方の大地震、昨年の局地的な集中豪雨に加えて、広島・岡山を中心とする西日本各地には豪雨、土砂災害により甚大な被害がもたらされました。先日の朝礼でも少し触れましたが、最初の報道ではこれほどまでの深刻な被害となるとは確かに思いもよらなかったかもしれません。しかし長時間同じ場所で猛烈な雨が降り続き、止んだ後も大量の水分を含んだ土砂が次の被害をもたらしました。今年の夏も猛暑の予想、災害を受けた地域の一刻も早い復旧を祈るばかりです。

 ボランティアの方々、多くのお年寄り、先日は小さな子どもが、熱中症、熱射病により、救急搬送されたり、亡くなったりしています。お悔やみとお見舞いを申し上げたいと思います。

 さて、ここで一つ考えて欲しいこと。よく「頑張って」、という言葉をかけられますよね。頑張ることは大切ですが、それと同じくらい頑張りすぎないことも大切だということです。例えば、走っているとき、まだまだいけるなと思っている時点から、もう駄目だというところまではかなりの葛藤があるわけですが、本当にもう駄目、というときには正常な判断ができないことが多いのです。そういう意味で頑張りすぎないことは大切だということです。心についても同じことが言えると思います。いろいろあるけどまだもう少し頑張ってみようなどと。「まだ」と「もう」は隣り合わせであるということが判断できるうちに、ちょっと休憩、立ち止まって見るのもいいですよ。

 このところ報道でもよく取り上げられていますが、世を代表する人たちの、言ったもん勝ちとも思わせる、強いことば、悪意のある言葉、あるいはまったく気持ちが通っていない言葉には、不快にさせられるだけではなく、辛くさみしく感じてしまいます。

 そして、いまだに、人の命や人権を軽んじた、悲しい、痛ましい事件や、加害者の身勝手な事件ばかりが目につきます。暴行を受け、犠牲になった人びと、この世に生を受けた無抵抗の小さな命、はなぜ命を落とさなければならなかったのでしょうか。自らの感情にまかせず、相手のことを少しでも思うことが出来たらと考えずにはいられません。

約6週間の夏休み、新聞報道など社会問題にも目を向け、自分なりの考えを持ち、時間管理、健康管理に十分注意して元気よく9月を迎えましょう。出校日、始業式に元気な笑顔で挨拶を交わすことができることを楽しみにしています。

 

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創立55周年記念感謝ミサ

申し訳ありません、気がついてみたら更新からほぼ一年が過ぎていました。昨日名古屋教区松浦悟郎司教様の司式により創立55周年記念感謝ミサをたてていただきました。生徒たちの素晴らしい歌声も学校中に響き渡りました。そこでの校長挨拶を紹介します。

風薫る5月、新緑の芽吹きがまばゆいばかりの今日、幼き聖マリア女子学園 聖カピタニオ女子高等学校の創立55周年を、皆さまとともに迎えることができ、学校長として、ひとこと感謝の言葉を述べさせていただきます。

先ほどの記念ミサにおきましては、松浦司教様の司式のもと、荘厳にかつ温かい雰囲気のなかで感謝のミサが行われましたことを心よりお礼申し上げます。松浦司教様、ニコラス神父様、北向神父様ありがとうございました。また本来ならばご来賓としてご出席いただくのが本意ではございますが、国際ソロプチミスト瀬戸、本校同窓会マリエッタ会の代表の方々、お忙しいところご出席を賜り、ありがとうございました。また保護者の方々、ご来場の方々におかれましても、お忙しい中、本校創立55周年記念感謝ミサ、また、これから行います記念行事にご臨席賜り誠にありがとうございます。

遠くイタリアから運ばれてきた小さな種、それは聖バルトロメア・カピタニオの真心のこもった一粒の麦でした。この瀬戸の地に落ち、地域の皆さまの温かいご支援、歴代の教職員の方々、今や9000名を数える卒業生の皆さん、保護者の方々、そしていつも微笑んで、共に歩んでくださったシスター方のおかげで、根を下ろし、実を結び、また新しい種へと聖カピタニオの意思は受け継がれています。

一口に55年と申しますが、文字通り何もないところから始めるわけですので、それは想像をはるかに越えるものであったと思います。様々な苦難を乗り越え、ただただカピタニオのご遺志を継ぎ、カトリックの愛に基づいた女子教育を広めよう、目の前の生徒、一人ひとりを大切にしようという、本校に携わってこられた諸先輩方の情熱と献身的なご努力のおかげで「今」があることを強く感じております。

そして、今ここにいる全校生徒の皆さん、皆さんこそ、その一粒の新しい麦なのです。先輩方が築いてくださった伝統にさらに磨きをかけ、カピタニオファミリーの一員として、「喜びと感謝の歌声を、学校中に響き渡らせ」、より大きく羽ばたきましょう。

これまでの多くの方々のご努力、ご厚意に深く感謝申し上げ、私の挨拶とさせていただきます。

 

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一学期終業式

1学期ももう終わり、申し訳ありません、気がついてみたら今年度初のブログ更新です。

終業式でのお話を紹介します。

おはようございます。気象庁は昨日ようやく、この地方が梅雨明けしたとみられると発表しました。とは言ってもここ数日来強い日差しと熱帯夜に悩まされています。また全国的に異常気象が続き、線状降水帯の発生により、長時間同じ場所で猛烈な雨が降り続きました。昨年の大地震に加えて、九州地方では甚大な被害を被りました。特に福岡県朝倉市の山間部では局地的に9時間にわたり、気象観測史上でも最大級の集中豪雨となりました。今年の夏も猛暑の予想、災害を受けた地域の一刻も早い復旧を祈るばかりです。

先月、聖書の一節を引用し、「誰の罪でも、あなた方が赦せば、その罪は赦される。誰の罪でもあなた方が赦さなければ、赦されないまま残る。」というお話をしました。ここで一つ考えて欲しいこと。赦してあげる、とか、なになにしてあげる、という感情が出てしまうと、今度は、赦してあげたのに、あの時替わってあげたのに、貸してあげたのに、などと、私はしてあげたのになぜあなたはしてくれないのといった、交換条件のようなものが首をもたげて来ます。ぜひ見返りを求めない、広い心でありたいと思います。

このところ報道でもよく取り上げられていますが、世を代表する人たちの、言ったもん勝ちとも思わせる、強いことば、悪意のある言葉、あるいはまったく気持ちが通っていない言葉には、不快にさせられるだけではなく、辛くさみしく感じてしまいます。

そして、いまだに、人の命や人権を軽んじた、悲しい、痛ましい事件や、加害者の身勝手な事件ばかりが目につきます。集団暴行、いじめはいずれも重大な犯罪です。暴行を受け、犠牲になった人びと、この世に生を受けた無抵抗の小さな命、はなぜ命を落とさなければならなかったのでしょうか。自らの感情にまかせず、相手のことを少しでも思うことが出来たらと考えずにはいられません。

約6週間の夏休み、新聞報道など社会問題にも目を向け、自分なりの考えを持ち、時間管理、健康管理に十分注意して元気よく9月を迎えましょう。

夢・志といえば、将棋の藤井聡太君を想起しますが、1学期始業式にお話しした「夢を持つことの大切さ」については夏の便りに書いておいたのでぜひお読みください。

いつも、「喜びの声が響き渡る学校」でありたいと願っています。

これでお話を終わります。

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平成28年度別れの時

第52回卒業生が巣立ち早いものでもう半月が過ぎました。ご来賓の皆さま、保護者、ご家族の皆さまご臨席賜り本当にありがとうございました。証書を渡したときの卒業生一人ひとりの笑顔がとても印象的でした。卒業生の皆さん卒業おめでとう、皆さんとの出会いに感謝します。カピタニオに来てくれてありがとう。そして昨日今年度を締めくくる修業式を催しました。退任式では、今までお世話になった先生方からカピタニオへの熱い思いを語っていただきました。ご尽力を賜り本当にありがとうございました。ここで、卒業式式辞と修業式校長のお話を掲載いたします。

平成28年度卒業証書授与式 学校長式辞            2017.3.2

ひと雨ごとに、春の訪れ、暖かさを感じる今日この頃となりました。校庭の桜の木々も少しずつ、でも確実に花をつける準備をしています。

今日のよき日に、平成28年度 聖カピタニオ女子高等学校 第52回卒業証書授与式を挙行するにあたり、ご来賓の方々におかれましては、公私ともにお忙しい中ご臨席を賜り、心より感謝申しあげます。ありがとうございます。

また、保護者の皆さま、ご家族の皆さまにおかれましても、お嬢様のご卒業をお祝い申しあげますとともに、ご入学以来、本校の教育方針に深いご理解とあたたかいご協力をいただき、あらためて感謝申しあげます。保護者の皆さまと共に歩ませていただいた3年間だったという思いがいたします。ありがとうございました。

そして、たったいま本校の卒業証書を手にした、卒業生の皆さん、

「卒業 おめでとうございます」。

行事など、一つひとつの思い出はとっても中身が濃いのに、振り返ってみると本当にあっという間だったなと思います。皆さんを迎えて初めての入学式式辞。あれこれ考えたのちレイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」を話そうと選んだのが、ついこの間のようです。みなさん覚えていますか。センス・オブ・ワンダーとは、神秘さや不思議さに目を見張る感性のことです。彼女はこの本の中で、「出会う事実の一つひとつが、やがて知識や知恵を生み出す種子だとしたら、様々な情緒や豊かな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。今が、この土壌を耕すときです。」

と言っています。皆さんはここカピタニオで、色々な人や様々な事柄との出会いから、たくさんの種を習得し、しっかりとこころを耕したことと思います。

レイチェルはまた私たちに、「美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものに触れたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたび呼び覚まされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになる。そのようにして見つけ出した知識は、しっかりと身につく。」と教えてくれています。

向かって左側の掛け軸、ご来賓、保護者の方々はお手元のパンフレットをご覧いただきますと、

「心の清い人びとは さいわいである その人たちは 神を見る」

という聖書のみ言葉があります。これは

「心の貧しい人びとは さいわいである 天の国は その人たちのものである」で始まる、いわゆる山上の垂訓として知られる、み言葉の一節です。清い心を持ち続けること、自分の心はまだまだ貧しいと気づくことは、容易なことではありません。実は、人の心は未熟であり、完成に向かって自らを常に省みることが必要であるといっているように、私には聞こえます。

皆さんはもうすでに、これらのものの見方、考え方の基礎となる部分を、いずれも宗教、ウマニタスをはじめ、すべての教科、行事などを通してカピタニオで学んできました。様々な関わりの中で、自分を知り、相手を知る、自ら考え行動できる、そこには常に相手の立場を思いやり、察する気持ちがある。目標を掲げ、一つひとつのことを深く考え、実行する、粘り強くも柔軟な姿勢を身につけたことと思います。

目の前に見えている物事の向こうにある、真(まこと)・善(よい行い)・美(美しい心)として表わされる、キリスト教の精神はまさにカピタニオの精神であり、一つひとつは目には見えないけれど、だからこそこれに気づくことはとても大切なことなのだと思います。

皆さん、聖カピタニオ女子高等学校での生活はいかがでしたか。カピタニオは皆さんにとって「喜びの声が響き渡る学校」であったでしょうか。皆さんとともに歩むことができた喜びに感謝し、

最後に 創立者 聖バルトロメア・カピタニオのことばを送り、私の式辞といたします。

「私は 常に平和な心を保ち

         明るい笑顔と 優しいことば 優しい態度で

          人に接したいと思います」

卒業生の皆さん ご卒業 おめでとうございます。

平成28年度 修業式 校長のお話              2017.3.17

 おはようございます。ひと雨ごとに春の訪れを感じる頃となりました。ここ数日は、強い風が吹いたり、特に寒暖差が激しく、暖かかったりぐっと冷え込んだりと、気候の変化に合わせるのに苦労した人もいるでしょう。今日は雲ひとつない抜けるような青空、まだまだ油断できませんが、でも確実に、春はもうそこまで来ています、

 先ほど各クラスの室長さんたちが話してくれたように、この一年、色々な事がありました。皆さん一人ひとりも、振り返りながら様々な事を思い出しているでしょう。

 このところテレビに目が釘付けになる日々が続きました。皆さんの中にもプロ野球、ベースボールクラシックを見た人もいるでしょう。今までにないほどの数々のファインプレーに、テレビの前で声をあげたのは私だけではないと思います。スポーツと言えば、リオオリンピック、パラリンピックも話題にするだけで感動がよみがえってきます。転倒した選手同士が助け合った女子陸上5000m、レスリングの吉田選手の「ごめんなさい」、その他多くの感動をいただきました。一つのことに一生懸命、まさに人生をかけて取り組むその姿勢に、私たちは自然と涙がこみ上げます。先日の卒業式での素晴らしい歌声、また暑さ寒さに負けず、部活動、ブルーアースプロジェクト、募金活動などへ積極的に取り組んだこともその一つと言えるでしょう。

さて皆さん、一学期の始業式に、「自分として誇れることはありますか?」と尋ねたことを覚えていますか。皆さん一人ひとり、この一年間の取り組みも自分として誇れることだと思います。そしてあわせて、

正しいことばは素敵な唇を

物事をまっすぐ見る目はきれいな澄んだ瞳を

素直な心が新たな気付きを、生み出すとお話ししました。

どうでしょう、この一年を振り返って、素敵な唇、澄んだ瞳、そして新たな気付きを得ることができましたか。

先ほどの聖書の言葉は、日頃歌っている「ごらんよ空の鳥」ですよね。いつも神様が見守ってくださっています。小さなことにくよくよせず、思い悩まず、一歩ずつ前に進みましょう。

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2017 年頭にあたり

新年 あけましておめでとうございます

皆さま、暖かな日差しの中で穏やかなお正月を迎えられたことと思います。

 今日1月10日は、遠くイタリア本部からお越しいただきました総長、顧問のシスターにもご出席いただき、始業式、歓迎式、インド派遣の報告会を催すことができました。始業式でお話ししたことを紹介します。

みなさん あけましておめでとうございます

 学校は年度で行っていますが、やはり年の初めの区切りとして、年頭に当たり少しお話をさせていただきます。

 テレビ、新聞でも新年の話題の一つに干支の話がありますが、一昨年、昨年に続き、今年も先ず、とり年の話題から。

さんずいをつけるとお酒の酒という字になる、西の中に一本入った酉という字。

 果実が極限まで熟した状態、コメからお酒となって十分に醸される状態のことを指すとか。習い事、学問などで、よい結果、成果が得られるようです。

役に立つ情報をとり入れ、皆さん一人ひとりにとって実りある一年にしたいものですね。

 もうひとつは昨年末クリスマス会の時に少しふれた、言葉についてです。

 言葉には不思議な力があり、人を勇気づけたり、元気にしたり、幸せにしたりすることもあれば、思いもよらず相手を傷つけたり、がっかりさせたり、不快にさせたりすることもあります。

 前回の学校生活アンケートを参考に、言葉遣いにはなお一層気をつけるべきだとの思いから、まず私たち教職員も自ら襟を正し、適切な言動を心がけます。

 先ほどの聖書の言葉にもあったように「いつも善を行い、喜び、祈り、感謝のできる」明るい雰囲気の中で喜びの声を響きわたらせたいものです。

 

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