活動報告|聖カピタニオ女子高等学校|豊かな人間性を持つために

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カピタニオガーデンで芽吹く新芽

昨日と変わって、今日は澄んだ青空、心地よい陽の温かさと風が爽やかに吹く4月7日。第59回入学式を無事迎えることができました。

 

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IMG_3191[1]校庭の桜、カピタニオガーデンのチューリップは、新入生を迎えるために美しい姿を見せて待ってくれていました。

 

 

 

DSC_5119[1]真新しい制服に身を包み、緊張した面持ちで入学式に臨んだ新入生たち。担任から名前を呼ばれ、元気に応える姿から、しっかり頑張って行こうという思いが伝わってきました。

 

 

 

新入生の誓いの言葉から抜粋します。

「・・・私たち新入生は、今までとは全く異なる環境に身を置き、新たな一歩を踏み出したいという思いで今日を迎えています。

この聖カピタニオ女子高等学校で私には達成したい目標があります。それは、人のために率先して動ける人間になることです。そのためには、より一層勉学に励み、部活動や学校行事を通して、自信をつけていくことが大切だと私は考えます。

今から始まるこの三年間、新たな友と切磋琢磨し、他の学校では触れることのできない教科、宗教、女性学を始めとした多くの分野を通して、自分自身と向き合っていきたいです。・・・」

 

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入学式後、生徒たちを待つ保護者とお話をする機会がありました。その中で、入学式の感想を次のように述べてくださいました。

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・暖かな入学式でした。キャンドルの灯をお互いにつけあう時、学年の一体感を感じることができました。

・これまで聞いたことのないお話を聞けて、感動しました。

・一人ひとりを丁寧に見ていただける学校であることを知り、安心しました。

 

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と、お話をしてくださいましたが、保護者の方が入学して学びたいという思いが伝わってきて、私自身も入学式にふさわしい会話ができたことに喜びを感じました。

 

カピタニオの土壌に植えられた球根たちが、三年後にどのような花を咲かせていくのか、私たち教職員、保護者、そして、生徒たち本人も希望を持てた入学式でした。

 

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ほっこりお話

今年はコロナ禍の学校生活で、沢山のことが制約させられた1年になり、満足できなかった1年になった人たちもいるかもしれませんね。そのような状況の中で、1年生の宗教の時間、各自行った「愛の実践」のほっこりしたお話を紹介します。

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*バスで小さい子に席を譲ったことです。譲った後、お礼を言われることはなく少しモヤモヤした気持ちになりましたが、窓の外を楽しそうに見ている子を見て、譲ってよかったなと思いました。お礼を言われたらもっと嬉しかったかもしれないけれど、相手に何かをして、それが相手を喜ばせることにつながったんだと貢献感を持てただけでも十分心が温まることに気づけました。その日は家に帰ってからもずっと幸せな気持ちで前向きに物事を考えることができたので、自分の気持ち次第で物事の捉え方は変わることに気づけました。

 

 

*私の行った愛の実践は、コンビニで男性が落とした小銭を拾ったことです。男性からお礼を言われた時、前よりも幸せを感じ明るくなりました。それと同時に男性にお礼を言われなかったらと想像しました。きっと私は“何だ、あの人”と少し不愉快な気分になったと思います。でも、思いやりがあり人のためにする行動で、見返りを求め承認欲求を満たそうとすると、せっかく良いことをしても逆にモヤモヤとマイナスな気持ちになります。「自分は相手の役に立ったんだ」と相手の反応にかまわず、自分の善い行いを肯定し、これからも愛の実践を続けていきたいと思いました。

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*外食時にジュースを持って転んでしまった小さい子の手助けをしたことです。その時に、私だけではなく近くに座っていた同年代の男の人2人もすぐ駆けつけてくれました。その後、その子は「ありがとう」と言ってくれて、私もその男の人たちも小さい子も笑顔になっていました。見て見ぬふりをするのではなく、すぐ駆けつける大切さ、そして「ありがとう」と言われたその一言で感謝される喜びの2つに気づきました。

 

 

*一人のおばあさんが重そうにして運んでいた荷物を持って、家まで送ったことです。私はそれを気に留めずに通り過ぎることだってできたし、自分はいいと思っても声をかけられた人にとっては、それが失礼だったり、迷惑だったりすることがあるかもしれません。そんな心配をしながら勇気を持って声をかけました。もし、そのまま通り過ぎていたら、通りすがりのただの他人でした。でも声をかけて関わったことで、他人だけれども、私にとってはただの他人ではなく、何か特別で共に生きる仲間になれることに気づきました。

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*私が行った愛の実践は、駅で倒れてしまった人のためにAEDを持っていったり、駅員さんを呼びに行ったことです。登校中ホームで並んでいたら、目の前の人がいきなり倒れてしまい、近くの人が「駅員さんとAED」と叫んでくれたので、沢山の人が近くにいたけれど自分が走ったほうが速いと思い動きました。はじめは怖くて少し固まっちゃいましたが、AEDを取りに行ったことで、その人が救われました。帰りにその駅員さんが「ありがとう。あの方は救われたよ。」と教えてくれて、自分にも人の命を救えるんだということに気づきました。

 

 

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他にも、ほっこりするお話がたくさんありました。コロナ禍で人との距離感、声を出すことなどが制限され、人との関わりが希薄になってきたこの時期に、生徒たちは自分ができることで、目の前で困っている人に手を差し伸べ、周囲を温かく照らしている様子が伝わってきます。

 

IMG_3088愛の実践をする意味を、聖書の「善いサマリア人」(ルカ福音書10章25~37節)のお話から学びます。「私の隣人とは誰か?」とイエスに質問した律法の専門家に対して、イエスはこのたとえ話を通して、「誰がその人の隣人になったか?」と反対に律法の専門家に聞かれます。そして、「行って、あなたも同じようにしなさい。」と私たちに言われています。

 

 

 

IMG_3090[1]困っている人がいても、誰かが助けるでしょう。または、めんどくさい、関わりたくない、見て見ぬふりをして通りすがることがあるかもしれません。生徒たちは、この愛の実践を通して、「隣人になる」ことの意味を理解してきたように感じます。助けを必要としている人のそばに自ら駆け寄り、自分ができることをしながら「主体的に生きる」生き方を学んだ一年になったのではないでしょうか。

 

 

 

各自が周りに目を配り他者を思いやる行動ができたら、どんな状況下でも手を取り合って困難を乗り越えていく社会ができるのだと、生徒たちの感想から学ばせてもらいました。

 

令和2年度を終了するにあたりコロナウイルス感染者も出ず、無事終了することができたことは、一人ひとりの心がけのおかげだと思います。新年度もコロナウイルスとの付き合いになっていくかもしれませんが、できないことで嘆くのではなく、できることを探し皆で新たな学校生活を作り上げていけたらと思っています。

 

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その様子をブログでお伝えしますので、今後とも応援よろしくお願いいたします。

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気づく喜び

DSC_49933月2日コロナ禍の中、第56回卒業証書授与式を無事終わることができました。お天気は、あいにくの雨模様でしたが、カリタスホームの中は、厳粛の中にも温かな雰囲気が漂った卒業式でした。

 

 

DSC_4986担任の先生から一人ひとりの名前が呼ばれ、「ハイ」と答えていく姿を見ながら、3年間たくさんの人から名前を呼んでもらい自分を成長させる道を歩んできた日も今日で終わり。4月から、また新たな出会いで名前を呼ばれ、応えながら自分の人生を歩んでいくのですね。

 

 

入学したときは、これまでと違ったカトリックの雰囲気に入り、すべてに戸惑いを感じていた生徒たち。そのことについて答辞で次のように語られていました。

 

1年生の頃は、経験したことのない行事に戸惑いもありましたが、その一つ一つに取り組む先輩方のキラキラした姿に、憧れを抱くようになりました。

 

修養会は初対面の同級生とグループワークを通して仲が深まり、講話を聴いてよく考えた三日間でした。

 

「カピタニオ生になる」という意味を理解できたように思います。

 

私たちはそれぞれが活躍できる場を求めて行動していました。

 

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・・・3年生になり卒業後の進路について誰もが真剣に考え、取り組む時になりました。

 

小論文の勉強や授業を通して、日々世の中で起きていることやニュースに敏感になり、様々な分野に興味がわき、多角的に物事を捉えられるようになりました。

 

また、宗教の授業で「気づき」を記すことが成長につながりました。

 

1年生の頃は考えることが面倒に感じていましたが、考えることは自分という人間が存在していることになると思うようになりました。

 

気づきを書くことが大変でしたが、だからこそできるようになったときは嬉しく、クラスメートの意見にも共感できる自分がいました。

 

・・・これからはカピタニオの卒業生であることに誇りを持ち、それぞれの社会に出ても、周りに流されることなく、清い心、責任、奉仕の気持ちを忘れず、確かな自分を持ちアクションを起こせる人生を歩んでいきたいと思います。・・・」

 

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自分と向き合い、自分を知り、自分を好きになって、思春期の課題であるアイデンティティを獲得していった生徒達ですね。

 

昨日、廊下で出会った3年生が、

 

「この学校に来て、感謝の心を持てることができて本当に良かった。こんなことを教えてくれる学校はないよ。それを知れて、本当に嬉しい。得した気分!」

 

と満面の笑みで話してくれ,一番に感謝をしたいのは、両親だと言っていました。

 

してもらうことを待つのではなく、自分から進んで与える生き方が人間らしい生き方であることに気づいた乙女たちが、今日この学び舎から飛び立っていきました。

 

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心を一つにして“ありがとう”

コロナ禍で過ごした1年間。最後の高校生活での行事は例年通りと願っていましたが、3年生の感謝ミサはカリタスホームで行われました。

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25日(木)1~2限目卒業式の練習を終え、感謝ミサは10時50分から春日井教会主任北向修一神父様の司式で執り行われました。今年も歌声なしで、聖歌は高山先生によるピアノ演奏。生徒たちは耳を澄まし心の中で歌っていたことでしょう。

 

ミサの中で北向神父様は、生徒たちに次のことを話してくださいました。抜粋してお伝えします。

IMG_3693「入学したときは単なるキリスト教の私立学校に入ったくらいの気持ちだったかもしれない。しかし今ならこの学校で学んだことは勉学のみならず、これから一人の女性として人間として「どう生きるか」を考える場を与えられた特別な場所だったことにもう気づいていると思います。「あなたはどう生きたいの?」「あなたは何を願うの?」といつも問いかける存在があった。

ある時は同じ在校生、先生、シスター、また、ある時は神様だったかもしれない。みんな一人ひとりを見守っていた。この3年間はあなた方への貴重な愛徳の時間だったと思います。

 

 

IMG_3713それはあなた方が社会の中で、一粒の麦になるために必要なことだったからなのです。卒業した後、種の栄養を使って種子が芽吹くように、大きく成長してほしいからです。神様の愛はどんな時でも私たち一人ひとりに「あなたが大切だ」と言ってくれる愛です。その愛を他の人にも自分にも向けてあげられるようになって、初めて私たちは一粒の麦になれるのです。

 

 

IMG_3698この学校で学んだ卒業生が自分らしく社会の中で輝き、周りの人と希望と未来を造り上げることを全ての教職員は願っています。私たちの誇りである卒業していく生徒の皆さんの上に、溢れるほどの恵みを神様が注いでくださいますように、最後に気持ちを一つにして感謝ミサを捧げてまいりましょう。」

 

 

 

神父様は初めに、中日新聞の夕刊、目耳録のコラムに掲載されていた「祈り」を引用して話されました。本校の教育の中心は、「あなたは神様に愛された大切な存在です。」を伝えることです。自分を大切に思う心が他者も大切にできる行為へと動かします。コロナ禍で社会の未来の姿が想像できなくなってきたからこそ、自分の人生を切り開いていく術を生徒たちは学んでいってほしいと願うばかりです。

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Be My Light

待降節の中で行われる奉仕活動は、コロナ禍で1日の活動になりました。

 

unnamed (3)活動内容も変更し、1年生は日本国際飢餓対策機構(ハンガーゼロ)のボランティア活動「クリスマスカード作り」に参加しました。この活動を始める前に、日本国際飢餓対策機構の方からZOOMを利用してリモート講義を受け、クリスマスカードを受け取るアジア・アフリカの子供たちのお話を伺いました。そのおかげで、生徒たちはカードを受け取る子供たちの心に愛の光が届くようカード作りに専念していました。

 

IMG_0232[1]2年生は近くにある長根小学校の全校児童たち一人ひとりに、手作りのクリスマスカードをプレゼントしました。クリスマスカードをもらった児童たちが、校内に設置された馬小屋の意味を理解し、喜びのあるクリスマスを過ごしてほしいという願いを込めて作成しました。

 

 

unnamed (4)3年生は、例年行われている馬小屋作り、イルミネーション、ステンドグラス、エプロン作り、花壇作り、校外清掃に取り組みました。3年生にとって最後の奉仕活動でしたので、気合が入っていました(笑)。

 

 

 

生徒の感想を抜粋して紹介します。

【1年生】

*今日の奉仕活動を通して、まず世界にはいろいろなことに困っている人がたくさんいて、教育もまともに受けることができない子どもたちの存在を知りました。私はたまたま日本に生まれ、普通の暮らしができているけれど、スクリーンに映っていた子供たちのような生活をしているかもしれないと思いました。そんな人々を一人でも助けたいという思いで活動をしてる人の存在も知り、勉強になった奉仕活動でした。

 

*少しでも多くの人に笑顔になってもらえるように考えながらのカード作成は、自分の心も豊かにしてくれるような感覚がありました。私の作ったカードは一方通行かもしれないけれど、心を込めて作ったカードが、遠く離れた国の子供にわたり、それを見て喜んでくれるのなら、それもまた繋がりなのかなと思いました。

 

*クリスマスカードを作ったことによって、私自身がクリスマスを感じることができて、奉仕というものは与える方も与えられる方も両方が嬉しい、楽しいと思えるものであることに気づきました。

 

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【2年生】

*前日からデザインを考えたり、こんなのを書いたりしたら可愛いかな?喜んでくれるかな?と小学生の姿を想像していた。でも、実際作ってみると自分の思い通りにならなかったり、表現することの難しさを実感した。そんな時、友だちに助けを求めアドバイスをもらった。友だちと助け合って協力して、1つのことを頑張る事の大切さに気づいた。

 

*目に見えない誰かが喜んでくれるだろうかと相手を思いやる精神をもっていれば、きっと相手もいつか同じことをしてくれるだろうし、お互いがお互いを尊重し合って生きていくことで、どんどん輪が広がってたくさんの人がそのような心を持つことができるのではないかと思います。

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【3年生】

*馬小屋作りでは、協力が大切で普段はコミュニケーションを取らな人とも話さない人ともたくさん話すことができ、行事が減りいつものように人との関りができなかったからこそ、このような場がより楽しく感じた。コロナ禍でいろいろなことが制限され、いつもと違う日々にストレスや不安を感じたりしていたが、少し心に余裕をもって人のために行動することの大切さに気づけた。

 

*校内での活動では、慣れ親しんだ場所での仕事をするので、「仲間の働き」や「仲間と何を共有したか」というように、自分の周囲の人々に目を向けることができました。身近な人々が懸命に働く様子に心地よい刺激を受けて、自分の仕事にも力を入れることができました。奉仕活動とは、どの場においても新たな発見が生まれるのだと学びました。

 

*校内を掃除していくことで、普段私たちが使用している所は、いつも使っているから「ありがとう」の気持ちを込めて行い、使用していない所は私が知らないカピタニオ生が次に使用する時に、気持ちよく使ってもらえるといいなという思いで、掃除をしました。この自分の知らない、眼では見ることができない人のことを思うということが大切なのだと感じました。

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1日の奉仕活動によって、他者のために活動をすることの喜びと大切さに生徒たちが気づいてくれたのを知り、奉仕活動のねらいを果たすことができたように思います。クリスマスは喜びのお祝いです。コロナ禍で人々との関りが減り、寂しい思いをしている人たちがたくさんいます。私たちの小さな活動によって、クリスマスの喜び「あなたは神様から愛されている」ことが伝わり、神様からの光がもたらされますように!

 

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