2012年12月|聖カピタニオ女子高等学校|豊かな人間性を持つために

「2012年12月」の記事

相手を生かすことを学んだ12月

本校恒例の奉仕活動は、12月6日、7日の2日間行われました。この期間、施設の方々に大変お世話になりました。今年のキーワード「GIVE?受けるより与える方が幸い?」をモットーに、保育園、幼稚園、老人ホーム、授産所、病院、校内作業、募金へと赴き、奉仕活動に取り組んできました。活動後の感想文を読むと、生徒たちは「?してあげる」のではなく「?させていただく」ことを体験的に学び、「してあげた」と思っていたことが、実は自分の方がたくさんのものをいただいていたということに気づくことができたようです。これが本当の喜びですね。

 

奉仕活動が終わった次週から、各クラス授業後に音楽会の練習が本格的に始まりました。外が薄暗くなって、本校の馬小屋や校舎のイルミネーションが輝き始めた頃に、クラスから澄んだ歌声が響きわたってきます。外から眺めると、ステージと同じように雛壇を作り指揮者の指示通り大きな口を開けている姿は、クラスの団結を表していました。中には、歌いたくない生徒、練習をしないで帰りたい気持ちを抑えている生徒もいます。しかし、クラスのみんなのために自分の弱さと戦いながら歌うことによって、歌声はさらに澄んでくるのでしょうね。

 

そして、自分中心の心から他者中心の心へと準備しながら、クリスマスを迎えます。今年も刈谷教会主任フィリップ神父様の司式で、クリスマス祝賀ミサが執り行われました。3年生のキャンドルサービスから始まったクリスマスミサ。ギャラリーでハンドベルの音色から始まる「まきびと」の合唱に合わせ、羊飼いたちが馬小屋へ救い主イエス・キリストを拝みに行ったように、私たちもステージに準備されている聖家族のもとに、イエス・キリストの誕生をお祝いに行きました。

 

ミサの中でフィリップ神父様は、「クリスマスは一人ひとりにとって大切なお祝いです。」と話され、「私たちの存在は絆を作り、大切な人とつながっています。そこで生まれた出会いは、絆を生みます。その絆を大切に育てるために、愛することが大切です。愛することは、与えること、赦すこと、信じることです。それによってお互いの絆が生まれ、絆を育てていきます。それは、人種、国家間を超えて生まれるものです。」と、ユーモアをもって私たちにクリスマスのメッセージを伝えてくださいました。

 

今年も残り少なくなってきました。一年間を振り返ると、自分の思いに反することも多々あったと思います。でも、それを自分の目線から神の目線でみると、そこに神の愛があることに気づけるのかしれません。 一つひとつの出会いを大切にして、新しい年をお迎えください。皆様の上に神様の祝福が豊かにありますように、お祈り申し上げます。

 

 

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修学旅行の感想

修学旅行を終えた生徒たちの感想文を、1部抜粋して紹介します。

 

  • 今回の修学旅行を終えて振り返ってみると、平和を学ぶことに重きを置いた3泊4日だったなぁと思います。1日目の宮城さんの講話では、真実を知ることの大切さについて考えました。私たちは話を聞くことでしか当時の戦争を知ることができないけれど、正しく知ることがどれだけ必要なことであるか、また、誤った情報をそのまま信じ込むことがどれだけ恐ろしいことであるかは、十分に心に刻むことができたと思います。2日目のひめゆり資料館では、宮城さんの講演の後という事もあり、短時間の見学であったけれどまんべんなく見て回りました。講演のとおりのことや物がいくつも展示してあるのを見ると、「本当にこのような悲しい戦争が起こってしまったのだ。」と改めて確認させられました。かでな基地の見学に行った時には、驚きがありました。1番驚いたことは、音です。あんなにも近くに、しかも何度も。沖縄の人は1年に4万回もその音を聞いているのだと考えるだけでとても嫌な気持ちになりました。沖縄が犠牲になっていると言うと、沖縄の人に失礼だけれど、結果的に事実としてそのような状況になってしまっているという事を目の当たりにして、恵まれた自分の環境を再確認しています。平和になるように、自分にその手助けができるように願わずにはいられません。
  • 沖縄にいるだけで外国に来たような、何故か違う世界にいるような気分がして何もかも忘れ、とても癒されました。宮城さんの講演やひめゆり資料館を訪れることで、自分には想像ができないほど、言葉ではいい表せない「戦争」というものの恐ろしさ、悲しみ、苦しみを感じました。また実際に嘉手納基地を見学したり、オスプレイを見たことによって、沖縄の住民が不安を抱えながら生活をしていることを改めて知りました。私たちの見えないところでたくさんの時間と労力を使ってくださった人がいたからこそ、修学旅行が楽しめて安全に行けたし、無事に帰ってこられたことを決して忘れずに感謝したいです。また、高い費用を払ってくれた親がいたという事にも感謝をし、これからの生活の中でルールを守ること、集団生活をするうえでの一人ひとりの意識の大切さなどを実践していくことが大切だと思いました。
  • 沖縄で見る景色はどこを見ても美しくて、魅力的でカメラを片時も離すことができませんでした。特に綺麗だったのは、海だったなぁと思いました。私は海が好きで幼い時から祖父と父とよく海へ遊びに行っていましたが、祖父が亡くなってから海へ行き浜辺を歩いたり、船に乗って魚を見ることは、一度もしていませんでした。今回、沖縄に来て久々に見た海は本当に綺麗で、家族や大切な人たちに見せてあげたいと思えるほどでした。また、沖縄戦の爪痕残るもう一つの沖縄については、宮城さんのお話や沖縄県平和祈念公園、嘉手納基地、ひめゆり平和祈念資料館と様々な形で沖縄の過去と現在を知りました。一番強く伝わってきたのが、宮城さんの言っていた当時の日本の教育で「捕虜になることは恥で自決した方が正しい」という間違った教えに対して、生き残った人々やそれを伝えられてきた人々が口にする「命どう宝」「そして戦争は人が人でなくなる」という事です。人は平和なくして生きることができないと気づかせてもらいました。沖縄の自然の美しさと対照的に、沖縄の人々の悲しさは深く、人々の心の奥は現地に行ってみてやっと少しわかりました。
  • 1日目から順調にはいかなかった修学旅行だったけれど、とても充実した楽しい修学旅行でした。宮城喜久子さんの講演では、事前に映画で見たものと比べ物にならないくらい、戦争が実際に起こったのだと感じられました。戦争なんて自分からは全く遠いもので想像も出来なかったけれど、宮城さんのお話を聞いて少し自分に近いものに感じられました。宮城さんのお話は本当にリアルに感じられ、想像もしやすく、たまに耳をふさぎたくなるようなこともありました。私たちが知らなければいけないことを実際に体験した方から聞くことができてよかったです。2日目、ひめゆり資料館を見学した時には、宮城さんのお話を伺っていたので想像しやすく、戦争で亡くなられた方々の名前が刻まれているのを見て、何も言葉が出ませんでした。今までテレビで何回も戦争のことを見たことがあったけれど、実際にこの目で見て戦争のことを重く受け止めなければならないと思いました。修学旅行の間、何回も見た海はとてもきれいで、心が安らぎました。この海で戦争がおこったとは思えないほど、青く透き通った海でした。

 

宮城喜久子さんのお話から始まった修学旅行は、バスガイドさんたちが伝えた沖縄の人たちの生き方「命の大切さ」「お互いに助け合う精神=結」と一つになり、沖縄からのメッセージがしっかりと生徒たちに届けられたと思います。

 

 

 

 

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沖縄で誓った平和の祈り

11月4日?7日まで、沖縄の修学旅行へ行ってきました。初日から飛行機の出発は遅れ、沖縄は悪天候で飛行機は着陸ができず上空を何回も旋回してようやく着陸できたという状況でした。そのために体調不良を訴える生徒も出て、これから先の修学旅行が思いやられると思っていましたが、1晩ゆっくり休んだおかげで生徒たちも回復、お天気も回復し有意義な修学旅行になりました。

 

毎年、ひめゆり部隊の一員だった宮城喜久子さんから当時の状況についてお話を伺うのですが、長旅で疲れ気味にもかかわらず生徒たちは真剣に聞き入っていました。宮城さんのお話を伺っていると、今その状況が目の前に繰り広げられているような錯覚を起こします。「○○さんは、あそこでこのように言って亡くなったの」「兵隊さんは私たちにこのようにして欲しいと言いながら亡くなった」などと、とてもリアルなお話でした。翌日、ひめゆり資料館を訪れ、展示から語りかけてくる「平和への願いの声」を、一人ひとり丁寧に聞き取っているように感じました。

沖縄の自然の美しさからは宮城さんの語られた悲惨さを想像することも難しい今、基地の問題、オスプレイの問題を、聞いたり見たりすると戦争は終わっていないような感じを受けました。浜辺で出会った一人の男性は、「孫たちの時代になるまで、なんとか基地を縮小させようと努力していた。それが解決できないまま、今度はオスプレイの問題です。」と悔しそうに語られました。昨日悪天候でなかなか空港に着陸できなかったことを話すと、「昨日は日曜日で良かったですよ。何回も空港上を飛行機が旋回できたのだから。平日だったら米空軍機が飛んでいる関係で、同じところで旋回できませんでしたよ。」と言われました。何も言葉にできませんでした。

 

修学旅行最終日、安里カトリック教会で平和のために「み言葉の祭儀」を行いました。マタイ福音書5章3節?12節のみ言葉は、私たちに幸いな生き方を教えてくれています。その中の一節に「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神を見る。」という言葉があります。

神は天地創造をした後、人間に自然界の世話をしてほしいと頼まれました。また、人は一人でいるのは良くないとパートナーである女性をお造りになり、お互いが助け合って生きるようにと願われました。聖書が教える平和とは、争いがないというだけではなく、この世に存在しているものが神の思いで生きているところに実現するものです。宮城喜久子さんは私たちに正しい教育を受け、正しい情報を見極めることの大切さをお話になりました。そして、宮城さんが今日まで生きてこられたのは、戦争がなかったからであるときっぱりとおっしゃいました。「平和をつくる人になってください」と言われた言葉は、私たち一人ひとりの心にしっかりと根を下ろしたと思います。沖縄修学旅行は、そのことを考える4日間になりました。

 

 

次回は、生徒たちの感想を掲載します。お楽しみに!

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