2015年5月|聖カピタニオ女子高等学校|豊かな人間性を持つために

「2015年05月」の記事

肩の荷が下りた「ある日の午後」

 今年度公開講座、第1回目(5月20日)を盛況のうちに終了することができました。今回のテーマは、「ストレスを感じる自分の傾向と対策」について共に学び合いました。ストレスを感じるから、自分の考え方、とらえ方に気づくかされ、自分をコントロールすることができます。日々、仕事、家事に追われている女性たち。日常生活から離れて自分と向き合い、今の自分を理解してあげる時間を持つことの大切さを、参加者から教えられました。私は宗教の授業で生徒たちに、「一番お友達になってあげなくてはならないのは、クラスの子ではなく、自分自身だよ。」と言っていますが、それは何歳になっても言えることだと思いました。自分との関係が良好であれば、人との関係も上手くいきます。ある女性がアンケートに、「自分探しですね。」と書いていらっしゃいましたが、まさしく私たちの人生の旅は、自分探しの旅かもしれませんね。

 今回の参加者の感想を抜粋して掲載し、皆様と分かち合うことができればと思います。

*毎日、仕事や家事が中心で、自分のことを考える機会がなかったので、今日のお話を聞いて自分のことを振り返ることができました。

*自分のストレスの受け方は、うすうす気づいていましたが、具体的に目にすることで改めて自分を見つめられました。

*自分を知ることが大切だと思いました。子育てにおいても、子に要求ばかりしがちです。私の言動により子の自信を失わせたり、イライラさせてしまっているかもと反省しました。

*自分を知ることができてよかったです。「すべき」思考があり、自分に関わる(姑、主人)人間すべてに、強要する自分がいることに気づきました。

*ストレスとは、まさに自分の気持ちの問題だと思っておりました。気持ちをコントロールするのがとても苦手です。・・・自分が自分であることにもっと自信を持とうと思いました。

*これからの自分を見つめ直し、「こうしていこう!!」と思えることがたくさんありました。とにかく楽しかったです。物の見方や考え方を少し変えるだけで、いろんなことがよい方向へ行くと思えました。

*子どもたちには威圧的な言い方に気をつけ、言い方を意識していこうと思います。

*今日は私の誕生日なので、自分で自分にプレゼントしようと思い、会社も休みを取り、家事、介護、育児からも離れ、学ぶ場をいただきました。努力型の私にとって、「学ぶ」時間は、最高のストレス解消で元気をいただきました。

*ストレスはとらえ方で感じ方が違う!!本当にそうだと思いました。何気なく家族に言っている言葉には反省もたくさん、たくさん浮かびました。

*ストレスがない人生はあり得ないので、ストレスと上手にお付き合いをして、ストレスをプラスの力・学びのきっかけにかえていけるよう、私も成長し娘にもアドバイスしてあげたいと思いました。

*日頃、自分の心を客観的に見つめるチャンスはあまりないので、飾ることなく自分の正直な心をとらえることができてよかったです。

 私たちの悩みは、人間関係ですね。自分との関係、他者との関係に悩み、自分を責めたり、他者を責めたりと堂々巡りの渦の中からなかなか脱出できません。しかし見方を変えると、必ず脱出の糸口が見つかります。この講座に参加し、その糸口を見つける時間にしていただけたようで、「肩の荷を下す場」となったことを嬉しく思いました。肩の荷が軽くなった分、きっといい時間を周りの方々と共有していらっしゃることでしょう。

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聖バルトロメア・カピタニオへの祈り

 今年も5月14日(木)に、第52回創立記念日を無事迎えることができました。外の暑さとは裏腹に、会場のカリタスホームの中は爽やかな風が式に参列している人たちの心の中を駆け巡っているように感じました。それは、1803年北イタリアのローベレで誕生した聖バルトロメア・カピタニオが神の愛に忠実に応えた聖霊の働きが、私たち一人ひとりの心にも語りかけているように感じられました。全校生徒たちと保護者の方々、卒業生、来賓の方々と心を合わせて感謝と世界の平和のためにお祈りいたしました。この祈りを必ず神様が聞き入れてくださり、人々の心を愛の心に変えてくださることでしょう。

 み言葉の祭儀の中で祈られた共同祈願を紹介いたします。

*わたしがここ聖カピタニオ女子高等学校で学んだことは、勉強をとおして「人を思いやること」「どんなことにも挑戦すること」「女性としての強さ」など多くの大切なことを学びました。しかし、この地球上には学びたくても学べない人が、学校に通いたくても通えない子どもたちが、「女」だからと言う理由だけで学ぶ権利を奪われてしまう女性が大勢いることを知っています。私たちがこうして学校に通い学ぶことができることは決して当たり前のことではありません。どうか世界中の子供たちが自由に学ぶことができ、知識を身に着け、喜びや勇気、希望をもって生きていけますように。(生徒会長)

*カピタニオに入学して二回目の全校朝礼で、「当たり前を当たり前に」というお話をききました。そのことを考えなおしてみると、普通に学校に通えること。ご飯が食べられること。家に帰ると家族が待っていること。どれもがそうであると分かります。しかし、東日本大震災や四月に起きたネパールでの地震での被害をみると、当たり前を当たり前だと思ってはいけないと思いました。今日自分が過ごしている環境がとても幸せなことだとカピタニオに入学して改めて実感することができました。私はカピタニオで与えられた時間を、新しく出会えた人たちと一日一日大切に過ごしていきたいです。カピタニオでしっかり学び自信をもって社会に出ていきたいです。私たちが自分自身を誇れる人間になれるよう何事にも努力する力とみんなを愛する力をお与えください。(1年生代表)

*カピタニオ生となって、慣れなかった祈りも今ではさまざまな思いを込めて祈るようになりました。それは、「あなたが何気なく生きた一日は、昨日亡くなった人が生きたかった一日だということ」と言う言葉に出会ったとき、私の心に強く刻まれたからです。世界では宗教や民族間での紛争、領土をめぐる対立など目を覆いたくなるような争いが増し、また大規模な自然災害や環境破壊によって多くの尊い命が奪われています。このような世界の中で私たちはカピタニオの精神に生かされ、命を愛おしみ、人々に愛を持って奉仕できる人間に成長できるよう、一日一日を大切に過ごせますように。(2年生代表)

*聖女バルトロメ・カピタニオは決して恵まれた環境の中で育ったわけではありませんが、神様から与えられた才能と優しさで、様々な人々を救いました。子ども、病人、老人、貧しい人、特に危険に身をさらされている女性たちに、救いの為に手を差し伸べました。自分自身の命が短いと分かっていても自分のことを顧みず必要としている人々を大切にし、聖人への道を歩まれました。私たちも宗教の時間で学んだ愛の実践を通して、周りの人々を大切にし、思いやりをもって生きていくことができますように。(3年生代表)

 この祈願文に表現されているように、生徒たちは聖バルトロメア・カピタニオに出会い、聖女の思いを受け止め、自分自身に問いかけながら生きている様子が伝わってきました。彼女たちの生き方が出会う人々に神の愛をもたらし、人々を幸せにすることでしょう。

 

 

 

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ネパールの子どもたちへ

 ゴールデンウィークの中日4日(月)、生徒たち24名は栄の三越付近に立って募金活動を行いました。11時から13時の2時間途切れることなく、「ネパールで被災した子供たちのために、募金のご協力をお願いします。」と大きな声で、道行く人々に呼びかけていました。雨の中、傘をさしながら一生懸命に呼びかける高校生の姿を見て、多くの方々が募金に協力してくださいました。生徒たちは最初の方、照れもあり声がなかなか出せませんでしたが、募金してくださる方々の温かい心や励ましの言葉に触れて、「本当にありがとうございます」の気持ちがいっぱいこもった声やお辞儀になっていきました。おかげさまで183,208 円の募金が集まりました。雨の中、募金箱にお金を入れてくださる方々の手を見ていると、「ネパールの人たちを助けてあげてくださいね」という願いが伝わってきました。校内で行われた4日間の募金44,632 円+修道院からの支援金も合わせて、ネパールの修道院へ届けます。

 幼き聖マリアの修道会がネパールで活動を始めたのは、2000年の時でした。当時シスターたちの働きを最も必要としていた国が、ネパールでした。インドからシスター達4名が派遣され17年たった今では、6つの修道院と25名 のシスターたち(内1名はネパール人)が奉仕活動を行っています。今回のネパール大地震の震源地に近いバニャタールの修道院では、村の子どもたちを集め寮生活をさせながら公立学校へ通学させています。子どもたちが生活している寮が壊れました。また、寮の子どもたちは山あいにある貧しい部落から来ている子供たちが多く、子どもたちの家も壊滅状態だそうです。救援の手もなかなか届かない状態であると、カトマンズの修道院の責任者から連絡が入りました。本校は「今、私たちにできること」で生徒会、宗教委員会が中心になって同じカピタニオファミリーとして今回の募金活動を行うことになりました。ネパールでは他にも、移動診療所などの活動も行っていますから、病気やけがをした人たちのためにも今回の募金が少しでも役立つと思っています。東日本大震災に多くの外国からの援助をいただいた日本、今度は私たちがお返しする番だと、生徒会執行部は言っていました。

 同じ地球上で武力で争い合う人々もいれば、災害があると各国から救援隊や物資を送り助け合う人々もいます。ネパールへ旅行に来た人、在住している外国人たちも現地でボランティア活動をしている映像を見ると、人間の尊厳を持った人々の生き方に感動させられます。緊急時に人間の本来の姿が表されるのでしょうね。争い合う人々の報復の連鎖が、助け合いの連鎖へと変わるきっかけになるように祈りたいものです。

 

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