愛|聖カピタニオ女子高等学校|豊かな人間性を持つために

「愛」 タグの記事

愛の年輪

11月は死者の月としてカトリック教会は、亡くなった方々のためにお祈りを捧げています。

IMG_6126-min

今年も全校生徒と心を合わせて、本校に関わりのあった方々のご冥福をお祈りすることができました。

式を執り行ってくださった北向修一神父様(春日井教会主任)のお話を抜粋してご紹介します。

IMG_6127

「・・・本日、私たちは本校の亡くなられた先生、生徒、関係者、恩人のご冥福を祈るためにこの場所に与っています。この聖カピタニオ女子高等学校が今も存続して、私たちの学び舎となっているのはこの人たちのおかげです。

・・・『愛するとは、自分の幸せを他人の幸せに重ねることである。」と言ったのは、数学者であり哲学者としても有名なライプニッツです。この言葉を思い出す時、本校の初代校長である橋本先生を思い出します。

橋本先生は瀬戸教会の信徒でした。毎週日曜日のミサ後話をしたりしましたが、聖カピタニオ女子高等学校の初代校長と知ったのは、先生が寝たきりになられて自宅訪問をしたときでした。若い娘たちと一緒に過ごすのは、ついていくのは大変だったけれど、負けないようについていったこと。とても楽しかったことを話していました。自分の人生の中で年輪の輪のように刻まれているのだな。自分の人生と生徒の皆さんと重ね合わせているからこそ、病床にあっても楽しそうに語ったのだなぁと感じました。

 私たちは年を経るにつれ階段を上がるように高校1年生から高校3年生へステップアップしていきます。私たちは高校に学業をしに来ていますが、本校では愛徳を学ぶ機会もあります。その観点から言うならば年齢的にステップアップしても最終的に私たちの人生にしっかり残るものは、年齢のような地層のような積り育ったものです。つまり自分の幸せが自分以外の誰かと重ね合わさった歴史そのものなのでしょう。それを「」と称しても良いと思います。

 聖カピタニオ女子高等学校は初代校長先生がそうであったように、自分の人生の幸せを皆さんの人生の幸せと重ね合わせようとする人たちに支えられています。私たちは何時かふと振り返った時、愛しているなどという直接的な言葉を使わずとも、沢山の人たちの幸せに関われたことを嬉しく思うような人生を歩めるようになりたいものですね。・・・」

 

IMG_6132-min

校長先生から本校で働いてくださった教職員の方々のお名前を読み上げられましたが、毎年読み上げられる方々の名前が増えていくところに、先人たちの愛に生かされていることを感じさせられた今年の慰霊の集いでした。

ページの先頭へ戻る

神の祝福が皆様に!

1年の締めくくりの紅白歌合戦とまではいきませんが、12月19日本校の音楽会が行われました。今年の歌声を聴いていると、歌詞に共通の言葉は、「道」と「希望」のように感じました。各クラスの前向きな生き方が、歌詞に表わされていたように思いました。お互いの声を聴き合いながら、自分の声を調節して一つのハーモニーを創り出していく合唱は、一人ひとりの心を一つにしてくれますね。

行事が盛りだくさんある2学期の締めくくりは、クリスマスミサです。今年も刈谷カトリック教会主任司祭フィリップ神父様に、ミサの司式をしていただきました。ステージは、モミの木とオーナメントを使用したオブジェでシンプルにそして上品に飾り付けました(笑)。ステージの準備は、教員が協力しながら飾りつけをします。まさに生徒たちへのプレゼントですね。

フィリップ神父様からユーモアたっぷりのお話の中で、今年は次のようなクリスマスメッセージをいただきました。

「・・・・人を愛した経験や、平和になった経験がある人は、人を愛することができるし平和を作ることができる。そして、今自分が選んで歩いている道は、好きだから今の生き方をしているのであって、どうしようもなかったから、これしかなかったからと生きているのではない。愛することは『信じること』『与えること』『許すこと』である。私たちに叶えられない夢はない。人間には何もできないことはない。それをイエスが私たちに教えてくださった。強い人とは、どんなことにも耐えられる人、自分に自信を持っている人であることをイエスは私たちに教えてくれたし、そのような生き方ができるように力を与えてくれた。」神父様は例えを使って次のように話してくださいました。「一人の絵描きが世界で一番綺麗なものを描きたくて考えていた。世界で一番綺麗なものは『希望』と思ったけれど、それをどのように表現すればいいか考えながら歩いていた。すると娘に出会った。娘は、世界で一番綺麗なものは『愛』と答えた。次に出会ったのは兵士だった。兵士は、世界で一番綺麗なものは『平和』と答えた。絵描きは全ての答えが抽象的なので、どのように描けばいいのか困り果てて帰路についた。玄関を開けると、可愛い孫が飛びついてきた。そして家族そろって夕食を食べている時に、絵描きは世界で一番綺麗なものは『家族』であることに気づいた。家族の中で私たちは『愛』『平和』『希望』を体験している。私たちにとって生きるために大切な場所は『家族』である。」とお話をしてくださいました。

ミサの終わりに歌う恒例の「ハレルヤコーラス」は、各学年の声が1つになり3部合唱の美しい響きとなって私たちにクリスマスの喜びを伝えてくれました。

今年は創立50周年の記念すべき年でした。各行事で合唱している曲は、シスターカテリーナ(イタリア人)が生徒たちに教えてくださったものです。その曲を歌うことが本校の伝統になっています。シスターカテリーナ(享年92歳)は、長い闘病生活の末11月にイタリアで帰天なさいました。私たちの歌声はきっと天国のシスターのところに届いたと思います。

マリア像前に作られる馬小屋(イエス・キリスト誕生場面)は、イタリア風の家に作り上げられました。毎年、社会で必要としている人々のためにと、お米や下着類など心温まる品物が、馬小屋のクリスマスボックスに入れてあります。その中に毎年のように文房具類を入れてくださる方があり、1年間準備してくださっている様子が伝わってきます。この文房具類は児童養護施設に、その他の品物はホームレスを支援している所に、それぞれ贈らせていただいてクリスマスの喜びを分かちあっております。

今年も本校は、たくさんの方々に協力、支援をいただきました。心より感謝申し上げます。新しい年、皆様の上に神様の祝福が豊かにありますように、お祈り申し上げます。

ページの先頭へ戻る

生徒の想いは・・・。

創立50周年記念式典も無事終え、先週は中間テストが行われました。テスト期間中の私の仕事は、生徒たちの宗教のノートを読みコメントを書くことです。ノートに書かれている感想を読むと、初めて宗教という授業を受けた戸惑いや安心感を持った様子が伝わってきました。聖書を読み、お話をただひたすら聞く授業と思っていたのと違っていた、という思いでした。生徒たちの創立記念日に参加した感想をお伝えします。

 

入学間もない1年生は、式典で合唱するイタリア語の「ラ・カリタ」を覚えることから始まりました。約1か月で聖歌やミサ曲を歌いこまなければならず、音楽科の教員は時間を見つけて一生懸命に指導していました。その熱意が生徒たちに伝わり、疲れた様子を見せず一生懸命に練習している姿を見て、私は式典の当日、素晴らしい合唱が聴けると確信しました。生徒たちも当日の2年生、3年生、聖歌隊の美しい歌声を聴き、その歌声に合わせて今まで以上に歌いきった達成感で、これまでの練習の疲れが報われたと感想を述べていました。

 

また、感謝ミサに与かるのも初めての体験。ローマ教皇庁大司教様や名古屋教区の司教様の姿を見て圧倒されていました。会場の人たちが心を合わせて祈る素晴らしさ、会場が愛に包まれた瞬間だと感じたそうです。生徒にとってミサは外国の祈り方というイメージを持っていたらしく、会場には外国の方々の姿も見られたり、挨拶の仕方も外国式だったので、日本にいながら外国にいる感じを受けたそうです(笑)。本校に入学したから味わえた体験だと満足し、50周年の節目に入学できたことを感謝していました。

 

創立記念日を祝った後、中学校へお花を届けに生徒たちは出かけていきました。中学校の先生方に暖かく迎えていただき、生徒たちは高校の様子を話し感謝の気持ちをきちんと伝えることができました。中学時代の自分とお別れできた生徒もいれば中学時代に戻りたくなった生徒もいました。中学の先生方から「大人っぽくなったね。応援しているよ。」と言われ、愛情をかけてもらっている自分の存在と中学校のよさを再発見できた日になりました。

 

 

 

ページの先頭へ戻る

思いを歌に込めて

12月20日(火)に、音楽会が行なわれました。各クラスが9月から選曲、アレンジとすべて自分たちの手で趣向をこらし作り上げた作品です。この時期は、4月から行事に取り組んできて、クラスの輪が徐々に出来上がりまとまってくる頃です。音楽会を迎えるまでにいろいろ問題を乗り越えてきただけあって、どのクラスも当日は澄んだ歌声のコーラスが聞けました。1年生からクラスが上がるにしたがって、歌声の透明感とクラスの一体感がでてきて、さすがに3年生の透明感は素晴らしかったです。世界でたった一つの作品を発表する音楽会でした。

 

 

12月22日10時から、クリスマスミサが本校のカリタスホームで行なわれました。「Christmas」は、Christ(キリスト)をmas(祝う)という2つの言葉で作られています。神は人間を愛するあまり神の御ひとり子イエス・キリストを、私たちに与えてくださいました。それは、人間と同じ姿になり、自分も人間と同じ苦しみを味わい、人間の代わりに罪の償いをすることを神は望まれました。私たち人類一人ひとりは、神から愛されている存在です。

本校で行われたクリスマスミサの司式をしてくださったのは、刈谷教会のフィリップ神父様でした。神父様はユーモアを持って私たちに「小学3年生の女の子が担任の先生に、クリスマスプレゼントを贈りました。そのプレゼントは小さな籠で、その中に人の目には見えず触れることができないけれど、一人ぼっちの時に慰めを与え、傷ついた時に癒しを与える女の子の愛が入っていました。イエス・キリストも馬小屋の中でお生まれになり、人生という籠の中で私たちの心を温め、癒してくださる方です。」という趣旨のお話をしてくださいました。心が温まり幸せな気分になれたひと時を、全校生徒、教職員、保護者の方々と共有できました。

ミサの中で歌った聖歌と最後のハレルヤコーラスは、カリタスホームの中にいる人々の心に響きわたり、それが世界の平和を祈る私たちの祈りとなって天に届いたように思いました。

今年は、3月11日に予測もしていなかった東日本大震災、そして9月の台風12号と、これまで人間が築きあげてきたものが、一瞬のうちに奪い去られてしまいました。自然の前で人間は無力であることを思い知らされた1年でした。しかし、この災害によって私たちの心に眠っていた愛が目覚め、災害の傷跡を癒し始めた1年にもなりました。やはり愛は、人間らしく生きるために必要なものですね。

 

 

今年1年、たくさんの方々の支えと励まし、協力によって無事終えることができることを感謝申し上げます。来年も皆様にとって希望のある良い年になりますようにお祈りいたします。

ページの先頭へ戻る