令和4年4月8日(金)、昨日の入学式に引き続き、晴天に恵まれ、全校生徒がそろって始業式を行い、今年度のスタートを切ることができました。

カピタニオの合言葉 ―令和4年度一学期始業式のご報告―

 令和4年4月8日(金)、昨日の入MicrosoftTeams-image (10)学式に引き続き、晴天に恵まれ、全校生徒がそろって始業式を行い、今年度のスタートを切ることができました。始業式で生徒の皆さんに話した内容を以下に掲載いたします。新年度にあたってのメッセージです。お読みいただければ幸いです。

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         今年も校庭にこぶしの花が咲きました。

 始業式での話

 はじめまして。今年度から校長を務めることになりました村手です。前校長の小池先生から引き継いで皆さんと一緒に良い学校を作っていきたいと思います。よろしくお願いします。

 ところで良い学校とはどんな学校でしょう。小池先生は「喜びの声が響き渡る学校」という合い言葉を示されました。私はあえて新たな言葉を示しません。なぜなら皆さんは、すでに共通の合い言葉を持っているからです。それは毎日朝と帰りに唱えるお祈りの言葉です。この祈りの言葉の中に、私が、というよりカピタニオがみんなに伝えたい大切なことは、すべて入っています。

 この祈りの言葉は、世界中で多くの人が数千年に亘って唱えて来た「主の祈り」「アヴェマリアの祈り」そしてカピタニオのオリジナルの「授業前授業後の祈り」とで構成されています。「授業前の祈り」の中に「親、兄弟、先生、友だちと心から交わり、私の言葉や行いが人々を悲しませることなく、いつも人々の喜びとなりますように。」という言葉があります。この言葉の中に祈りのエッセンスはほぼ含まれています。「私の言葉や行いが人を悲しませず、人の喜びとなる」、ごく当たり前のことのようで、思った以上に難しい課題だと思います。私たちはしばしば知らず知らず人を悲しませてしまうことがあります。また何気なく掛けた、「おはよう」という朝の、たった一言が、声をかけた相手の一日を照らすことがあります。人間は大切なことをよく忘れます。だから毎日忘れないように祈る必要があるのです。

 この祈りの言葉はこう続きます。「今日も一生懸命に生き、私たちが平和な世界をつくる一粒の麦となれますように、力をお与えください。」一粒の麦はカピタニオが最も大切にしているキーワードです。「一粒の麦、地に落ちて死ななければ一粒のまま残る、死ねば豊かな実を結ぶ」という聖書の言葉から来ています。「平和な世界をつくる一粒の麦」の「世界」は一見、地球規模の世界をイメージし、自分から遠いことのように思えてしまいますが、たとえば家族や学校、クラスも一つの世界です。一人ひとりがその中の一粒の麦です。その小さな世界の平和はたった一人の我儘な言動で壊れてしまうし、一人ひとりの協力で居心地の良い、平和な世界を作ることもできます。

 平和は与えられるものではなく、作っていくものだと私は思います。よい学校もよい学年もよいクラスも誰かに与えられるものではなく、そのメンバーである一人ひとりが一粒の麦となって作っていくものではないでしょうか?

 かつて、ある神父様がこんなことをおっしゃっていました。「カピタニオ高校は、生徒たちみんなで、いい学校にしよういい学校にしようと努力している学校ですね。」おそらく、それは「私の言葉や行いが人を悲しませず、いつも人の喜びとなるように。」という願いを毎日ただ呪文のように人ごとのように唱えるだけでなく、生徒のみなさんが本当に心掛けてくれているからだと思います。今年度も豊かな実を結ぶようにともに頑張っていきましょう。

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