
◇『氷点』との出会い◇
「せっかくミッションスクールに来たのなら、この本を読んでみて」というコンセプトで始めた「おススメ本」、3冊目は『氷点』です。私が高校時代に読んで感銘を受けた本です。当時、愛知県の片田舎に暮らしていた高校生の私にとって、学校帰りに立ち寄るお店と言えば、町の書店ぐらいのものでした。ある日、平積みにされていた本を何気なく手に取ったのが、朝日出版社から出ていた文庫版の『氷点』(上巻)でした。
今も手元にありますが、「三浦綾子」という作者も初耳、内容の紹介文もなく、枯れ枝が林立する寒々しい雪の風景がカバー写真となっている、地味な装丁です。内容も分からないまま、なぜ読もうと思ったのか不思議ですが、「氷点」という聞き慣れない言葉に引き付けられたのかもしれません。読み始めると作品世界に引き込まれ、『続氷点』(下巻)まで合計4冊を一気に読み進めたように記憶しています。
大人の世界では、10年以上前に大ベストセラーになっており、評判の作品だったのを後から知りました。朝日新聞が新聞に掲載する懸賞小説をプロアマ問わない条件で募集し、当時主婦だった三浦綾子が入選し、1964年から翌年にかけて朝日新聞に連載されたのが『氷点』です。連載が終わると、すぐに単行本化、映画化、テレビドラマ化され、特にテレビドラマは「氷点ブーム」を巻き起こし、日本テレビのご長寿番組「笑点」のタイトルは「氷点」をもじって命名されたものとして知られています。世間の動きに疎い子供時代にこんなことが起こっているとは知らず、「『氷点』?」という具合に手に取ったのです。
◇主人公の魅力とドラマチックな物語展開◇
内容は結構ドロドロとしています。北海道旭川で病院を営む辻口啓造とその美しい妻・夏枝の間の子、3歳のルリ子が夏枝が目を離したすきに、見ず知らずの男に連れ去られ殺されてしまいます。夏枝が病院の若い医師と密会をしていたことにも原因があることを知った啓造は、夏枝を許せず、養護施設に引き取られた殺人犯の娘を養女として引き取り、妻に育てさせるという恐ろしい計画を立てます。果たして妻は殺人犯の娘だということを知らされず、ルリ子の代わりにその子を可愛がって育てますが、ある時、その事実を密かに見つけ、そこからその娘に対する態度が一変して、憎むようになる、その娘が主人公の陽子です。夏枝は陽子に辛く当たり、たびたび意地悪な行動を取ります。
やがて陽子は自分が養女であることを知ります。逆境にも負けず、明るく健気に生きていく姿に読者は心を打たれます。三浦さんは陽子の人物像について「頭もよく、妖精のような魅力を持つ、そして芯の強い娘」と表現しています。
啓造と夏枝の実子である、兄の徹は、いつも陽子に優しく接してくれます。ある時、陽子が殺人犯の娘であることを知り、父母に激しい不信感を抱くとともに、陽子を一人の女性として深く愛するようになります。陽子本人は、本当の出生の秘密をいつどのような形で知るのか、それが時限爆弾のように物語は進んでいきます。
『氷点』の魅力は、まず陽子が様々な困難と向き合って生きていこうとする姿にあります。また、作者三浦綾子の人物造形や物語展開の巧みさがあります。それぞれの葛藤を抱える登場人物と出来事を絶妙に配し、緊張感を作り出し、先を読ませる力があるのです。いわゆる「継子いじめ譚」としてのナラティブ・ストラクチャー(物語構造)を踏まえているのも『氷点』の人気の一因でしょう。
しかしもう一つ、物語を貫くようにしっかりとしたテーマ性を持っていることが、『氷点』が長く読み継がれる価値のある小説たる所以だと思います。高校時代の私は、むしろその点には無頓着で、もっぱら主人公の魅力とストーリーの面白さにばかり魅かれていた気がします。
◇キリスト教との出会い◇
高校生の私は、『氷点』のテーマが「原罪」だと聞き、当時は「そうなんだ。」という感じで深く考えることもありませんでした。初めて聞く言葉でした。「原罪」とはキリスト教の概念でアダムとイブが神に背いて禁断の木の実を食べるという最初の罪を犯して以来、「すべての人間はその子孫として生まれながらに罪を負っている」という思想です。「そう言えば、登場人物はそれぞれに自分の感情を抑えられず意地悪したり不倫したり嘘をついたり騙したり、いろいろ罪深いな」くらいの理解でした。
『氷点』の作者の三浦綾子さんはクリスチャン(プロテスタント)で、苦難の人生を歩みながら、キリスト教の信仰をもとに人間らしく生きる術を問い続けた作家です。聖書について何も知らなかった私が、その教えの一端に触れることになったのは、この作家を通してでした。しかしその点に自覚的であったわけでなく、三浦さんの人間ドラマの面白さのほうに魅かれ、彼女の他作品も読むようになりました。
しかし読書というものはその時は自覚的でなくても、知らず知らずその種が蒔かれ、潜在的に芽生えている感受性のようなものがあるのかもしれません。その後、何となくミッションスクールに親しみを感じ、勤めることになったのも、単なる偶然とは言い切れません。
勤めてから聖書を自分なりに勉強してみると、 『氷点』という作品にキリスト教からの光を当てられるようになり、新たな魅力を見出しました。優れた文学作品の理解は、読み返すたび、自分の成長や変化に伴って深まっていきます。若松英輔さんの言う「読み終わらない本」はそういう本のことでしょう。『氷点』における「原罪」ということについて現時点で私が考えていることを次にお話ししたいと思います。(つづく)
校長 村手元樹