【せっかくBOOK⑦】モンゴメリ『赤毛のアン』その2
2025.07.24

夏空


 

◇主人公アン・シャーリーの想像力と表現力◇

『赤毛のアン』という小説の一番の魅力は、何と言っても主人公アン・シャーリーの魅力です。アメリカの著名な小説家マーク・トウェインは、アンについて「『不思議の国のアリス』以来の愉快な、そして最もつよく人の心に触れて来る存在」と語っています。

アンの魅力の源泉は、間違いなく「想像力」の豊かさでしょう。また、それに伴う「表現力」の豊かさです。想像力とは、目の前の現象のみでものを見るのではなく、目に見えない背景や未来を感じ、信じる力です。それがアンの生き方にも繋がっています。『星の王子さま』の「心の目」に通じますね。

その想像力と表現力の豊かさは、初対面の内気なマシュウに饒舌に話しかける冒頭の場面ですぐに発揮されます。マシュウと馬車でグリーン・ゲーブルズ(老兄弟の家の屋号)に向かう道すがら、アンが想像力豊かに周りの美しい風景を愛でる場面は、屈指の名場面です。その想像力、表現力は、とても11歳の女の子とは思えません。女性が苦手、特に女の子が苦手なマシュウも家に辿り着くまでの短い時間の間に、すっかりアンに魅了されてしまうのです。

愉快なシーンなんですが、読んでいると、半面切ない気持ちにもなるんですね。アンがこれまでこうして孤独や現実の厳しさに耐え、それに支えられながら生きて来たことが想像されるからです。その力は、身を守る術のようなものであったかもしれません。そうした、のっぴきならない必要性と孤児院での豊富な読書体験によってアンの豊かな想像力と表現力が培われたものだと思います。

 

◇想像の余地◇

アンの想像力を象徴するのが、「想像の余地」という、アンの口癖です。原語だと「scope for imagination」です。もちろん、「想像」という言葉は当たり前のように頻繁に出てくるのですが、「想像の余地」も何度も登場します。「あっ、また言った!」という具合に読んでいくのも楽しみです。

いくつか例を挙げてみましょう。たとえば、こんな感じです。アンがグリーン・ゲーブルズにやって来て二日目の朝。男の子でないから、孤児院に返される予定の朝です。でもアンは窓を開け、6月の景色の美しさに感動し、思います。「ここはなんてきれいなところだろう。ほんとうはここにいられないにしても、まあかりにいられるとしておこう。ここには想像の余地があるもの。」健気ですよね。(第4章)

ちなみにこの後、アンが想像に耽っていると、マリラが現れて、支度を促します。「たった今、小母さんがほしがっていなさるのはやっぱりあたしだったんで、いつまでもいつまでもここにいることになったって想像していたところなの。」とアンが言うと、「それより早く着物を着て、おりてきなさい。あんたの想像なんかどうでもかまわないから」とマリラが言う。想像力豊かなアンと現実主義のマリラとの掛け合いもこの小説の楽しみです。ぶっきらぼうな言葉の中にマリラの愛情が伝わってきて、思わず嬉しくなるのです。

こんな場面でも使っています。アンは、ダイアナの大叔母に当たるミス・バーリーの家にダイアナと一緒に招かれます。シャーロット・タウンという街に住む大金持ちで、二人の田舎娘はその邸宅の豪華さに圧倒されます。でもアンは言います。「この部屋にはあんまりいろいろの物があって、しかもみんな、あんまりすばらしいもんで、想像の余地がないのね。貧乏な者のしあわせの一つは――たくさん想像できるものがあるというところだわね」(第29章)

でも何と言っても秀逸なのは、マシュウと馬車でグリーン・ゲーブルに向かう場面です。この土地の道が赤いのが気になって、マシュウにその理由は尋ねますが、答えられません。でもアンは言います。「いいわ。それもいつか、しらべだすことの一つだわ。これから発見することがたくさんあるって、すてきだと思わない? あたししみじみ生きているのがうれしいわ――世界って、とてもおもしろいところですもの。もし何もかも知っていることばかりだったら、半分もおもしろくないわ。そうでしょう? そうしたら、ちっとも想像の余地がないんですものねえ。」(第2章)

ここにアンの人生哲学が集約されている気がします。生きるってこういうことだなという感慨さえ覚えます。

 

◇ギルバートへの秘めた恋心◇

アンを取り巻く周りの登場人物やその関係性も小説の魅力です。マリラ、マシュウ、「腹心の友」(親友)のダイアナはもちろんのこと、同級生の男の子ギルバートとの関係も読みどころの一つです。「気になる恋の行方」がこの小説を読み進める推進力となります。「出会いが最悪」というのもラブストーリーの定番です。会ったその日にギルバートに一番のコンプレックスでもある赤毛のことをからかわれ、アンは激怒し、石盤をギルバートの頭に打ちおろし、石盤真っ二つという衝撃的な事件が起きます。ギルバートにとっては拙い愛情表現だったのですが、完全にアンの地雷を踏んでしまったわけです。ギルバートはすぐに反省し、アンに許しを請うのですが、アンは決して許さないと心に誓い、一切ギルバートと口をきかなくなります。

しかしその後も二人は密かにお互いを意識し合いながら過ごします。いわゆる「気になる存在」状態です。勉強でも一二を争うライバル関係になります。アンは学校の様子をよくマシュウやマリラに話しますが、何度も「ギル…」と言いかけて「学校の男の子がね」などと言い直します。「ギル…」が口癖のようになってしまっているのです。こういう心情表現は実に巧みです。こういう状態がずっと続きますが、その後どうなっていくかは読んでからのお楽しみです。(つづく)

                               校長 村手元樹

 

読書の手引き ほかにもアンのどんな口癖があるか、探してみよう。