No Music,No School Life
2026.01.09

グラウンド北の山茶花


 

2025年12月23日、クリスマス会を行ないました。保護者の方を中心に、大勢の方もご参加いただき、生徒たち、教職員とともにクリスマスを祝ってくださいました。クリスマス会のあと、私が皆さんにお話ししたことを以下にご紹介します。

 

◇No Music,No School Life in Capitanio◇

まずは保護者の皆さま、カピタニオゆかりの皆さま、本日は私たちと一緒にクリスマスをお祝いしていただき、ありがとうございました。そして生徒の皆さん、キャンドルサービス、まきびと、ハレルヤ・コーラスの全校合唱、その他の演奏、どれも素晴らしかったです。ありがとうございました。今年の最高の締め括りとなりました。

「No Music,No Life」という有名な言葉があります。「音楽のない人生や生活なんて、ありえない」という意味です。音楽は日々の生活を彩り、時には勇気づけられたり、励まされたり、慰められたり、癒されたりもします。「No Music,No Life」をこう言い換えることもできると思います。「No Music,No School Life in Capitanio」私たちの高校生活も音楽とともにあります。

 

◇音楽の授業での取り組み◇

先日の学校見学会で、皆さんの「音楽レポート」が展示されていました。まさに音楽の探究学習という感じで、自分の好きなアーティストの魅力を克明に分析し、視覚的にも工夫が凝らされ、真剣な取り組みが伝わってきました。また音楽の実技テストも、各自の表現方法を駆使し、当日音楽室の前を通ると、皆さんの緊張感が伝わってきます。私も国語を教えていた時に、レポートや発表の課題を出していましたが、音楽に対する取り組みとの差を感じ、音楽への力の入れように羨ましさを感じるほどでした。

 

◇音楽に慣れ親しむ日々とハレルヤ・コーラス◇

日々の生活の中にも音楽があります。朝礼や宗教の授業で歌う聖歌とか、お祈りの時に流れる曲とか。「ミッションスクールあるある」でよく言われるのが、卒業後、友達の結婚式の披露宴の出し物で思わず聖歌を歌ってしまうこと。本校だと「パワー・オブ・ユアラブ」なんかはどうでしょうか。さすがに「ハレルヤ・コーラス」は悪乗りした雰囲気になってしまうかもしれません。(「あるある」と言えば、バッハのG線上のアリアを聴くと条件反射的に手を合わせてお祈りの準備をしてしまうというのもあります。)

ということで「ローマは一日にしてならず」という諺になぞらえると、「ハレルヤは一日にしてならず」で、こうした日々の営みがあってからこそのハレルヤだと思います。

たびたび話題に出しますが、私の中での「伝説の教師」、加藤恵先生という英語の先生がかつていらっしゃって、本校の2回生でもあります。現在2年生の皆さんが62回生なので、大先輩です。その恵先生がカピタニオで一番力が伸びるのは英語でも国語でもなく、音楽だとよく言っていました。

ハレルヤの練習を見ていると、それがよく分かります。もちろん音楽の先生の指導も大きいのですが、それに応えて飛躍的に向上できる、生徒の皆さんの音楽の力には頭が下がる思いです。

 

◇合唱コンクールでの思い出◇

最後にそんな恵先生の、音楽に関するエピソードを一つお話しします。その当時、合唱コンクールがあって、恵先生のクラスが練習の時、今一つだったんですね。で、恵先生が叱咤激励して、みんなシュンとしたんです。たぶん上手い下手の問題ではなく、努力を惜しんでベストを尽くさないことに対してだと思いますし、生徒たちもそれが分かっていて、その後「がんばろうよ」となって必死に練習して、本番も素晴らしい演奏でした。照明が落ち舞台を降りた後、場内暗い中、司会が恵先生にインタビューをしました。「いまの演奏どうでしたか?」そうしたら英語の先生なので、英語で一言コメントしました。「I’m very proud of them.」(私は彼女たちをとても誇りに思います)クラスのみんなは暗闇で号泣していました。

音楽をめぐるそんなドラマもありましたが、私も今日のハレルヤを聴いて、生徒の皆さんにそんな気持ちを持っていますし、他の先生方も同じだと思います。改めてありがとうございました。

 

明日から冬休みが始まります。生徒の皆さん、保護者の皆様、カピタニオ縁の皆様の上に来る年も神様の豊かなお恵みがあることを祈って、私の挨拶といたします。よいお年をお迎えください。今日は本当にありがとうございました。

校長 村手元樹