1803年イタリアの北部にあるローベレという町に、バルトロメア・カピタニオが誕生しました。1800年代初頭のイタリアは、ナポレオン戦争の影響下にあり、政治的・社会的な動揺が続く激動の時代でした。ローベレの町も荒廃していましたが、バルトロメア・カピタニオの家は経済的に安定した家庭でした。母親のカテリーナはバルトロメアを、クララ修道会が経営する学園に6年間教育を与える方針をとりました。バルトロメアは祈りを通じて、神様から愛されている自分の存在に気付きました。その愛は、戦争の余波で親を失った孤児や負傷者、困窮している家族など、あらゆる人々を救済する活動へと発展していきました。1832年11月21日、友人であるヴィンチェンツア・ジェローザと一緒に、神様と隣人に自分の生涯を捧げて生きる「幼き聖マリア修道会」を創立しました。
今日では、20カ国で約3,200人のシスターたちがあらゆる貧困層の人々の支援にあたっています。バルトロメア・カピタニオは、一夜にして偉大な人物(聖人)になったわけではありません。彼女は自分の弱さと向き合い、それを克服するようにあらゆる努力をしました。その生き方を貫かせたのは、「神様は私を愛しておられます。その愛に応えたいのです。」と祈り続けた結果、「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」(ヨハネによる福音書12章24節)生き方をしていきました。
バルトロメア・カピタニオの死後、その遺志を継いだのはヴィンチェンツア・ジェローザです。この方は謙遜な方で、自分はバルトロメアのように生きることができないと思い修道会の存続を辞めようと決意しましたが、神のみ旨に従って修道会を発展させてくださいました。「十字架を知る人は、すべてを知る。」聖パウロの、み言葉の通りヴィンチェンツア・ジェローザは生きました。そのおかげで、私たちはこうして聖カピタニオ女子高等学校で学校生活を送っています。「ラ・カリタ」に感謝を込めて合唱し、創立記念日を祝いました。
私たちの歌声はお二人に届いたでしょうか?
